第150話 脳内ドーパミン暴動
「おはよう、まねちゃん」
「おはよう、志岐くん! お久しぶりです」
真音として会うのは久しぶりだった。
久々の志岐くんの学生服姿に脳内ドーパミンが発動しないか心配だったけれど、イザベル姿で会っていたお蔭で、辛うじて抑えることが出来た。
私と志岐くんは無事進級して高校2年生になった。
すっかり映画撮影で学校を休んでしまったが、今日は始業式。
久しぶりの学校だった。
昨日社長に呼び出されて、芸能1組への編入を告げられた。
私以外の志岐くん達は、もう少し前に告げられて、寮の芸能フロアに引越しを済ませていた。
亮子ちゃんと亜美ちゃんは通える範囲内に自宅があるけれど、これから仕事がハードになってくると、セキュリティ的にも寮で暮らす方がいいらしい。
志岐くんは野球部のいる下階でいいと言ったらしいが、やはりこれから人気者になってくると過激なファンが現れないとも限らない。
なぜなら……。
私が蘭子にかかりきりになっている間に「仮面ヒーロー」の放送が始まっていた。
もちろん予約録画しているが、私はまだ見ていなかった。
志岐くんを見たい気持ちと、自分を見るのが怖い気持ちが戦っている。
でも噂ぐらいなら耳にしている。
1話目のゼグシオとゼグロスが自分の星を脱出するシーンは、コアな視聴者に受けたらしく、ネットでの再生回数がジワジワと増えているらしい。
ツイッターでもかなり囁かれたようだ。
「え? ゼグシオ役の俳優誰?」
「めちゃくちゃ好みなんだけど……」
「思った。誰?」
「アクションがカッコよすぎる!!」
「なんかメンズボックスのモデルらしいよ」
「まじで? 買う~!!」
もっぱらゼグシオ役の俳優の話題で盛り上がっている。
ただ、今のところ仮面ヒーローもメンズボックスも子供や男性が主に見るものだから、大多数の女性の目には触れていない。
そこまでチェックするのは、余程若手タレントの発掘に余念がないアイドル好きぐらいだ。
だから街に出て指をさされるほどではないが、一部のコアなファンが出来つつあることは間違いない。
これから琴美ちゃんとのドラマが放送されるようになると、きっとあっという間に知名度が上がるだろう。
「俺とまねちゃんだけ、芸能2組の教室に荷物を置きっぱなしになってるから職員室に呼ばれたみたいだね」
私と志岐くんは二人で学園への送迎車に乗っていた。
今までは徒歩登校だったが、芸能1組はエレベーターから直接地下の駐車場に下りて学園の車で送ってもらう。
普通は登校時間にワゴン車で何人か相乗りしていくのだが、今日は二人だけみんなより早い時間に来るように言われた。
「私が芸能1組なんて、なんか申し訳ないです」
でも志岐くんと同じクラスになれて良かった。
「これだけ仕事が入ってたら当然だよ」
志岐くんに言われてギクリとした。
そういえば、結局志岐くんにも御子柴さんにも何の説明もなくイザベルの仕事に入っていたが、何をしてたのか聞かれたらどうしよう。
とりあえず地方局の、みんなが寝静まってる時間にやってるような番組の仕事をしていたことにしようと田崎マネとは口裏を合わせているが、志岐くんに嘘をつくのは気が引ける。
「そういえば芸能1組に編入したら気をつけることを、御子柴さんに教えてもらったんだ」
しかし志岐くんは何も触れずに別の話題にしてくれた。
「気をつけること?」
「うん。何でも芸能1組はクラスの半分が多忙に仕事をしている芸能人なんだけど、残りの半分はセレブ枠と言って、学園に多額の寄付をしている子息で編成されているらしい」
「セレブ枠……」
「中でも業界関係の重役の子息は要注意らしい。子息の機嫌を損ねて芸能界追放になった人もいるらしいよ」
「そ、そんな権限が……?」
「今年の俺たちのクラスには特に要注意人物がいるらしい」
「要注意人物?」
「Fテレビの重役の娘で、彼女の機嫌を損ねたらFテレビの仕事は出来ないらしい。それどころか彼女の取り巻きの女子の親も、それぞれに業界で顔がきくらしくて、もう芸能界で仕事は出来ないって言われてる」
「そ、そんな恐ろしい人が……」
高2の娘にそんな権限を与えるバカ親がいるのか……。
「彼女は御子柴さんの大ファンらしいんだ」
うむ。見る目はあるようだ。
「だから学年共同の授業なんかも多いらしいけど、学校では御子柴さんに会っても、なるべく最低限の挨拶程度で接した方がいいと思う」
「わ、分かりました。気をつけます」
「うん。御子柴さんも心配してたからね」
「そ、そういえば……御子柴さんは元気ですか?」
映画の撮影に入ってから一度も連絡してない。
蘭子に洗脳されてた時に一度会ったみたいだが、正直あまり覚えてない。
いいマネージャーが新しくついたと聞いて、なんだか電話するのも怖かった。
御子柴さんはもう私のことなど忘れて、自分の道を進んでいる。
もう私の居場所は御子柴さんの側にはないのだと……知りたくなかった。
「うん。今日は始業式だから学校に来るって言ってたよ」
「そ、そうですか……」
◆
「うわあ、なんか芸能フロアって豪華ですね」
職員室の用事を済ませ、セキュリティカードを認証するゲートをくぐり芸能1組のフロアに入ると、そこは社長の趣味なのか白とブルーの配色のモダンな廊下が続いている。
教室は1クラスの人数が少ないのか、大きめの机と椅子がゆったりと並んでいた。
2年と3年の教室の間にはベッドになりそうな大きめのソファーと丸テーブルが置かれた多目的ルームまであった。
飲み物のサーバーがあって、自由に飲んでいいらしい。
隅にはマッサージチェアーもあった。
「な、なんか場違いな気がしてきました」
「うん。芸能2組に編入した時を思い出すよね」
やはりというか……私と志岐くんはジロジロ見られている。
すごい美形かすごい金持ちらしい生徒が教室から顔を出して品定めしている。
そしてみんな、志岐くんを見て納得の表情を浮かべ、私を見て首を傾げている。
もうすでに逃げ出したい。
しかし、その時。
後ろからきゃあきゃあいう悲鳴が聞こえてきた。
振り返るとそこには……。
「御子柴さんだわ」
「学校に来るの久しぶりよね」
「ああ、今日も素敵」
この美形だらけの空間でも、更に別格の麗しいオーラを振り撒き歩いてくる。
「御子柴さん、おはようございます」
「おはよう」
「昨日のドラマ見ました。素敵でした」
「ありがとう」
きゃぴきゃぴ騒ぐ女子達にも、丁寧に返して歩いてくる。
そして……。
こちらに気付いたのか私と目が合った。
その瞬間。
(御子柴しゃんんん!!!)
ん?
しゃん?
あれ? まさかこれは……。
志岐くんロスによるドーパミン暴動は充分警戒してきた私だったが……。
思い返してみれば御子柴さんロスはもっと長い。
すっかり油断していたが、久しぶりに見る学生服姿は、尚更爽やかで……。
「おはよう」
防ぐ暇もなく殺人的に麗しい笑顔で声をかけられた。
そ、そんな笑顔を無防備な私に突然浴びせるなんて……。
なんて罪なことを……。
ダ、ダメだ。
暴動を抑えられない。
「み……」
「え?」
「御子柴しゃああんん!!!」
気付けば大勢の生徒が見守る中で、私は御子柴さんの胸にダイブしてしまっていた。
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