第148話 乱闘ボーイズ、ラストシーン
「翔っ!! あぶないっ!!」
後ろ手に縛られたまま、フワリと衣装を翻し刃物から翔を庇う。
グサリと蘭子の左胸にナイフが突き刺さる。
「蘭子――っっ!!!!」
ぐらりと沈む体を翔が抱きかかえる。
「うわっ! やばいぞ」
「殺しはまずいだろ」
「に、逃げようぜ!」
男達が逃げていく。
二人きりになった倉庫の中。
「蘭子……なんで……」
「翔……。約束したわ……あなたを守るって……」
「なんでだよ! なんで俺なんかのために命まで……」
「翔は……私にとって……奇跡だったの……」
「奇跡?」
「子供の頃……親に虐待され……誰も信じる人もいなくて……。そんな私に……翔だけが……手を差し伸べてくれた……」
そう。
蘭子は誰にも必要とされず、誰の心にも存在していなかった。
でも……。
でも、翔だけはそんな蘭子を見つけ、心の僅かな片隅にでも置いてくれた。
それはまるで……。
まるで忘れ去られた真音を、志岐くんが心の中で生かしてくれているように。
「あなたは……私が見つけた……奇跡……」
蘭子にとって翔は特別だった。
だって、翔の中にだけ蘭子は生きていられたから……。
翔への想いが込み上げる。
涙が溢れてきた。
「あなたが……私の……すべてだったの。だから……ただ……怖かったの……」
「怖かった?」
「あなたを……失うのが……怖かった……」
そう。
これは子供の頃の気持ちのままの未熟な愛。
蘭子の心は子供の頃のまま成長を止めてしまった。
でも……。
だからこそ、純粋に真っ直ぐ、未熟な愛を貫いた。
蘭子は翔の中にだけ存在している自分を愛していたのかもしれない。
でもそんな自己愛に近い未熟な愛は、愛じゃないと言い切れるだろうか。
ううん。誰もが上手に人を愛せるわけじゃない。
時には不器用に、下手で未熟な愛もある。
これは間違いなく蘭子の真実の愛。
だから……。
「あなたを……守れて……良かった……」
ほとんど分からないぐらい僅かに微笑む。
ここまで一度も笑わなかった蘭子が、きっとその生涯で初めて……
……心から笑った。
「蘭子――――っっ!!」
翔が泣き叫び、こと切れた蘭子を抱き締める。
「はい! カ――ット!! OKです!!」
わっとスタッフが駆け寄る。
「なんか凄い良かったよ」
「見ていてもらい泣きしてしまいました」
「今日の蘭子ちゃんは完璧です!」
「目薬必要なかったですね」
「え? もしかしてまた催眠術かかってるの?」
そう疑っても仕方ないぐらい、演技が終わった後もぼんやりしている。
まだ蘭子が心の中にいる。
なんだろう。この充実感は……。
何かを創り出したような達成感。
私は蘭子に命を吹き込めただろうか?
まだまだ未熟だけれど、やり甲斐のようなものがひしひしと湧いてくる。
「蘭子。少しは何かを掴めたようだな」
丹下監督が、まだ座り込んだままの私に手を差し出した。
「監督……」
「ラストシーンは撮り終わったが、まだ幾つか撮るシーンは残ってるからな。この程度で満足してもらっちゃ困るぞ。まだまだしごいてやるから覚悟しろ」
「はい! よろしくお願いします!」
私は丹下監督の手を取り、笑顔で立ち上がった。
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