第147話 志岐くんの心を占める人物

「俺、一番嫌いなタイプとか思ってないから」


「え?」


 志岐くんの今日の出番は終わって、私達はスタジオの隅で琴美ちゃんのリハーサルを見ていた。そして志岐くんは思い出したように告げた。


 さっき琴美ちゃんが言った言葉を弁解してくれてるらしい。


「あ、うん。それは気にしてないからいいの」

 まったく気にしてないといえば嘘になるが、それよりも心に響いた言葉があった。


「蘭子が特殊な人のように思ってたけど、よく考えたら私も相当変人ですよね」


 陸上選手がなぜだか仮面ヒーローに出て、モデルになって、ゴスロリ服着て、いつの間にか映画のヒロインなんてやってる。


 しかも小三で出会った志岐くんをどこまでもどこまでも追いかけて、志岐くんのためなら何でも出来ると思ってるじゃないか。


 蘭子よりよっぽどストーカー気質の危ない人間だ。

 どんなに嘘くさくても、私は確かにここに存在しているのだ。


「自分の予想の範疇はんちゅうにいる人って実は案外少ないのかもしれない」

 志岐くんはぽつりと呟いた。


「ニュースを見ても、テレビタレントの別の一面の記事に驚いたり、信じられない犯罪を犯す人が近所ではいい人だと慕われてたり。こんな人が本当にいるのかって思う人はいっぱいいる。でも確かに存在してるんだ」


「うん」


「俺にも、いつも自分の想像の上を行く知り合いがいるんだ」


「想像の上を行く人?」


 御子柴さんのことだろうか?


「うん、とにかく出会った時から俺が考えもしないことばかりしでかして、無難に生きようとする俺を表舞台に引きずり出そうとするんだ」


「そんな迷惑な知り合いがいるんですか?」


 私が言うと、志岐くんはふっと笑った。


「最初はホントに迷惑な人だと思ってた。なんの目的で近付いてくるんだと怖くもなった」


「そんな怪しい人に近付いちゃダメですよ、志岐くん。無視して逃げて下さい」


「うん。最初はそうしようと思ってた。でも……」


「でも?」


「でも彼女は、信じられないぐらい真っ直ぐに俺のためだけに動いていた」


 彼女? 女性だったんだ。


「簡単に信じちゃダメですよ! そういう人がストーカーになったりするんですよ」

 私は心配になって忠告した。


「うん。俺も最初はホントに危ないストーカーかと思った」

 志岐くんは、くすっと笑った。


「まさか、よく知らない俺のためにそこまでする人がいるわけないと思うのに。……思うのに、彼女は俺のためだけに自分の全力を注いでくれた。俺にとって奇跡のような人がそこに存在した」


「……」


 え? それって……?


「もしあの時信じられないまま避けていたなら、彼女は俺にとって奇跡の人じゃなかった。俺は彼女を怪しいストーカーと思ったまま、全然別の人生を過ごしていたかもしれない」


 まさか……。


「結局、彼女の存在を形作るのは、出会ってからの日々に俺が感じて積もった想いなんだと思うんだ。俺がそんな人いるわけないと思って拒絶していたなら、今の奇跡のような彼女の存在は俺の中にいなかった」


 志岐くんの中に……?


「俺の中に彼女が存在してくれた奇跡に、今では心から感謝している。昔そんな嘘みたいな人がいるはずないと思った存在は、今では当たり前のように存在して、もう彼女がいない人生なんて考えられないほど俺の心を占めている」


 それは……まさか……真音の私のこと?

 そんな自惚うぬぼれが許される?


 最近はすっかりイザベルでいる時間の方が長くて、真音の私はみんなから忘れ去られたんじゃないかと不安だった。


 でも……私は……志岐くんの中に存在しているの?


 あなたの心の中に……私は今もちゃんと息づいているの?


 熱いものが込み上げる。


 そんな風に……


 私のことを思っていてくれたの?


「だから……」


 志岐くんはちょっと照れくさくなったのか、コホリと咳払いをした。


「蘭子も、イザベルがそんな人はいないと思った瞬間に消えてなくなる。でもイザベルが本当にいると信じた時、蘭子はリアルに存在するんだよ。演じるというのは、実在しなかったはずの人を思念で作り出すことなのかもしれない。俺たちは、いなかったはずの物語の人物に、命を吹き込む職業なんだ。そう考えると、どんな役にも命をあげたいと思うんだ」


 何かがふっきれたような気がした。


 みんなに忘れられてしまったような真音の私を、志岐くんが生かしてくれているように、私は蘭子をきちんと生かしてあげたい。


 私は蘭子になる。


 誰もが実在を疑わないほどに……。


 蘭子になりきれる気がする。


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