第146話 兄をたずねて三千里

「同情するなら兄の情報を下さい!」

 隣のスタジオでは琴美ちゃんの決めゼリフが出て撮影は佳境に入っていた。


「どうせ私は誰からも愛されてないわ! お父さんは昼間っから呑んだくれてるし、お母さんはしょっちゅう家を空けて愛人のところに入り浸ってる! この犬のポチだけが私の味方よ!」


 どんな家庭だ。

 荒廃しきった家なのに犬の名前だけは平和だな。

 思わずつっこみたくなる。


「でも……でも、お兄ちゃんだけは違うの! 施設に預けられて、どこかの大金持ちに引き取られたって聞いてるの。いつも私をお父さんから庇ってくれて、優しくてカッコいい人だった。私はお兄ちゃんに会いたいの!」


 ありえない設定なのに、琴美ちゃんが涙ながらに語る話に思わずほろりとさせられる。この子は本当にそんな辛い生い立ちなんじゃないかと思ってしまう。


 そして極めつきは……。


「志岐くん、今日はリビングで本を読みながらコーヒーを飲むシーンだから」

「はい」


 毎話ドラマの最後にほんの少し見せる兄の現在のシーン。


 日常のありきたりの平凡なシーンを、琴美ちゃんが憧れても当然という兄で演じきらなければならない。

 これがダッさい、ムサい、かっこ悪い兄だったら、途端に信憑性は無くなる。


 この兄だったら探したくなるわと誰もが思ってしまう演技。


 そして、志岐くんは完璧だった。


 お金持ちの家らしいリビングで、難しそうな専門書を開いて、ゆったりとコーヒーを飲む。


 そして、ふと何かを考え込むように思いふける。

 その遠くを見るような目がまた憂いがあるのに清々しい。


 私も探します!

 

 ドラマを見た人は、続々手を上げることだろう。

 こんな兄がいたら世の女性は全員、探さずにはおられまい。


 一人一人が自分の役をリアルに演じてこそドラマは成り立つ。

 一人でも自分の役を嘘くさく感じていたら、ドラマ全体の調和が乱れてしまう。





「志岐くん! 見て見て! 琴美百点とったの!」


 一発OKでスタッフと次のシーンを打ち合わせる志岐くんに、琴美ちゃんが本当の妹のように纏わりついている。


 蘭子も翔に纏わりついていたが、琴美ちゃんは演技が終わると完全に琴美ちゃんになっている。蘭子に成りきって日常生活も乱されていた私とは違う。


「あの……琴美ちゃんは演じててこんな人いる訳ないとか思わないんですか?」


 急に問われて、琴美ちゃんは志岐くんの腕に回していた手をほどいて私を見た。

 兄を慕う可愛らしい女の子は、すっとクールな視線になった。


「誰? この人?」


 そうだった。

 私は今、真音ではなくゴスロリイザベルなんだった。


「ああ、琴美ちゃん、隣のスタジオで撮影しているイザベルっていうんだ。俺が連れて来たんだ」

 志岐くんがすぐに紹介してくれた。


「ふーん。変なカッコ。大人のくせにフリルなんか着て恥ずかしくないの?」


 思い出してきた。

 琴美ちゃんってこういう毒舌キャラだった。

 さっきまでがあまりにいじらしい妹役だったから忘れてた。


「こ、これは仕事用の衣装で……」

 小学生の女の子にたじたじになる。


「こういう人って化粧をとったら別人になるって聞いたわ。あなたもそうなの?」


 どんどん思い出してきた。 

 子供の無邪気を楯に結構失礼なことを言う子だった。


「そ、それは確かにそうかも……」


「まさか志岐くんの彼女じゃないでしょ? 志岐くん、こういうタイプって一番嫌いでしょ?」


 胸を貫く正論で大の大人を袈裟けさ切りにする子だった。


 急所を射抜かれました。お見事です。


「琴美、みんなが思ってるからって何でも言っていいわけじゃないのよ。すみません。子供だから思ったことを正直に口に出しちゃって」


 出たああ!

 ズレたお説教でさらに墓穴を掘る琴美ちゃんのお母さん。


「い、いえ……」


「兄を探して旅する小学生がいる訳ないって言いたいの? それとも私の演技が嘘くさいって言いたいの?」


 ああ、そうか。

 悪口を言われたのかと思って攻撃的になってるんだ。

 私の聞き方が悪かった。


「いえ、そういうつもりじゃなくて……」


「私に言わせればあなたみたいな大人の方がよっぽど嘘くさいわ。なんでそんなフリフリの服着てるの? なんでそんな真っ白に化粧してるの? 可愛いと思ってるの?」


 おっしゃる通りで……。


「こんな変な人いるのかしらと思うけど、あなた、本当にいるじゃない」


 子供の無邪気さで告げられたその言葉は不思議にストンと私の心におちた。

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