第144話 真音、演技を考える
「田崎マネ。蘭子らしく演じる感覚は掴めそうなんですけど、この拒絶感をどうしたらいいのか分からないんです」
私はスタジオの隅でメイクを直してもらいながら、田崎マネに相談した。
「拒絶感?」
「大河原さん大好きの自分にも、ご主人様命の小動物キャラの自分にも、ひどい拒絶感があるんですけど……」
「あら、小動物のイザベル、結構可愛かったわよ」
「か、可愛い……。自分につく形容詞だと思ったことがありません」
「そんなことないわよ。今はともかく、蘭子ちゃんのあなたは可愛かったわよ」
「ほ、本当ですか? 自分では思い出すだけでも
こんな気持ちでどうやって蘭子になれるんだろう。
◆
「やめて翔! どうして来たの? 私なんかのために……」
「蘭子、お前のためなら俺はどうなってもいいんだ!」
縛られる蘭子の前で、翔が数人の男達に暴力を受けている。
「やめて!」
蘭子は両手両足を縛られたまま立ち上がり、ジャンプして敵グループの一人に体当たりする。
「蘭子、よせっ!」
「うわっ! この女!」
ジャンプの勢いで足の紐がはずれ、そのまま回し蹴りで数人の男を倒す。
両手を後ろに縛られたまま、蘭子のフリルスカートが舞い、男達が次々倒される。
難しいアクションだが、むしろ頭が晴れた分、動きは俊敏になった。
アクションシーンはさほどカットされることもなく撮影が進んだ。
コマ割も多く、アクションで誤魔化せるが、ラストのシーンだけはそうはいかない。
「蘭子!」
駆け寄ろうとした翔の背後にナイフを持つ男が見えた。
「あぶない! 翔っ!!」
蘭子は身を
グサリとナイフが左胸に刺さった。
「蘭子――っっ!!!」
男達は焦って逃げていく。
「や、やばいぞ」
「殺しはまずいだろ」
「に、逃げようぜ」
「蘭子っ!!」
蘭子を腕に抱き締める翔。
「翔……約束したわ……あなたを守るって……」
「はい、カーット、カーット!」
顔がアップになるラストシーンになると、途端に中断させられた。
「蘭子! それがお前の演じる蘭子か! お前はその程度の演者なのかっ!」
丹下監督の
テイク2もすぐにカットされる。
「もっと蘭子に成りきれ! お前は何を守ったんだ! 本当に翔のためなら死ねると思っていたのか!」
カットのたびに監督が怒鳴る。
「すみません」
気持ちが入らない。
だってこんなシチュエーション経験したことない。
そもそも体育会系でひたすら肉体を鍛えあげる青春時代を送っていた私には、この荒廃した世界にリアル感がない。
(本当に今どきこんな喧嘩に明け暮れた人達っているの?)
(幼い頃優しく接してくれただけで、こんなに執着する人っている?)
(他人の翔のために自分の身を犠牲にしたりする?)
私の中ですべてが嘘っぽくてリアルに感じられない。
「休憩しよう。これ以上やっても無駄だ。蘭子は今日はもういい。明日までにもっと役を作り上げて来い」
丹下監督が剛田監督と並んで称される訳が分かってきた。
納得のいく演技をするまで妥協は決してない。
私はすっかり行き詰っていた。
◆
私は廊下の自販機横のベンチで
蘭子にならなきゃ……。
蘭子にならなきゃ……。
その思いばかりで気持ちが焦る。
目を閉じ必死で集中してみるが、やはりどうしても設定の無謀さを嘘臭く感じている自分がいる。
(みんなどうやって自分を信じ込ませているんだろうか……)
ふいに自販機がガシャンという音をたてて、誰かが飲み物を買っている気配がした。
ぼんやり目を開けて、取り出し口からスポーツ飲料を出している姿に思考が止まった。
し……。
(志岐きゅんんんん?!!!)
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