第137話 御子柴の新しいマネージャー
「待って! 沢村くん! 本当にサッカーやめちゃうの?」
「あんたには関係ないだろ? ほっといてくれ」
「沢村くん……」
「はい、カーット! お疲れ様でーす! 今日の撮影は終了でーす」
制服姿で立つ御子柴の周りに大勢のスタッフが駆け寄る。
「お疲れ様でした。素晴らしい演技でした」
「御子柴くんのシーンは撮りが早くて助かります」
「お飲み物どうぞ」
「ありがとうございます」
スタッフの女性から飲み物を受け取りにこやかに微笑む。
その笑顔だけで、スタジオのあちこちから女性スタッフの悲鳴が聞こえる。
「トップアイドルなのに、ホントに礼儀正しいわよね」
「しかも演技は完璧に仕上げてくるし」
「それでいて少しも傲慢にならなくて……」
「御子柴くんと仕事した人は皆ファンになるって言うけど、本当ね」
囁く声に悪口など一つも混じらない。
「本当に尊敬します。トレーニングも食事制限もプロ選手並で、しかもセリフも完璧で」
楽屋に戻ると、新しく入った女性マネージャーが感心しながら、御子柴の体をマッサージし始めた。今日はサッカーシーンは少なかったとはいえ、筋肉の状態をしっかり把握しておくためにも、必ずマッサージはするようにしているらしい。
「いえ、こちらこそ体の管理を
「うふふ。料理は趣味なんです。どうせなら美味しい方がいいですものね。でもトレーナーで料理も出来る人って少ないんですよ」
「そうですね。俺が料理も上手な人がいいって言ったから、三分一さんに決まったみたいです」
「本当はプロ野球入りが決まった……えっと……誰だったかしら……」
「夕日出さんですか?」
「ああ、そうそう。その彼のトレーナーにって決まりかけてたんだけど、急遽御子柴くんの方にドラマの間だけでもついてくれってことになって……」
「そうなんですか……」
「でも、ラッキーでした。私、ホントに御子柴くんのファンで……。こんな仕事が出来るなんて夢のようです」
三分一さんは普通の人の三分の六ぐらいある肉厚な指で肩から背中へとマッサージを続ける。肉厚な指から繰り出されるマッサージは確かに巧い。
「このままずっと御子柴くんのマネージャーが出来たらなあ、なんて、あらやだ本音が出ちゃったわ。ふふ。聞き流してね」
三分一さんは普通の人の三分の十ぐらいある丸い顔ではにかんだ。
いろんな部分が少しも三分の一じゃない人だった。
いや、体は普通サイズだ。中肉中背といった感じか。
背も高くはない。150センチあるかないかぐらいだ。
ただ、顔が大きい。
なぜだか顔だけ大きい。
大きな顔が全体のバランスを崩し、三頭身ぐらいに見えてしまう。
小顔の多い俳優の世界にいるから尚一層気になるのかもしれない。
「そう言って頂いて嬉しいです。でも、本来は専属のマネージャーがいるので……」
「ああ。この肝心な時に自分の用事で休んでいるっていう? でもそれってプロ意識が足りないわねえ。世間が大注目する御子柴くんのドラマ撮影以上に大事な用事って何があるのかしら? 私なら親の死に目に会えなくても優先するわ」
「いえ、親の死に目には行って下さい」
御子柴は苦笑した。
「それにちゃんとトレーナーの勉強をしたわけではないみたいじゃないの。私はちゃんと専門の学校に行って基礎から学んだのよ。あらいやだ。私、こう見えてまだ花の22才ですよ。御子柴くんと4才7ヶ月しか違わないのよ。恋人になっても全然不思議じゃない年齢でしょ? あらやだ。また本音が……ふふ」
時々本気の目になるのが怖い。
偶然なのか、真音のイザベルと同じショートボブの髪型だが、正直、なんでその髪型にしたのかと忠告したくなる。
本来ショートボブの中に収まりきるはずのほっぺたが、こんもりと堤防を乗り越え、後ろから見ても存在感を主張している。
こうしてみると、真音がいかに小顔だったのかと改めて気付いた。
ド派手な白塗りの化粧をされてはいたが、ショートボブの中に綺麗に収まっていた。
「彼女は長年陸上選手として、自分の体を管理してましたから」
「あら、私も実はこうみえて新体操の選手だったのよ」
御子柴は心の中でひどく驚いたが、苦労して表情には出さないようにした。
「し、新体操ですか?」
美を競うような要素が強い競技ではないのか?
「私は今でもトップレベルの技術を持っていたと自負しているの。でも審判員に恵まれなくてね。いつも私だけ辛口評価なのよ。ホントに不遇の選手生活だったわ」
なんとなく分かる気がする。
きっと同じ技を決めたとしても、七頭身美女の方が有利に違いない。
出来栄え点が入るような競技では、この三頭身の体型はどう考えても不利だ。
なぜ柔道やレスリングのような強さを競う競技にしなかったのかと悔やまれる。
◆
「じゃあ、お疲れ様でした。また明日ね、御子柴くん。うふ」
田中マネの車に乗って、
「はあああ……」
どっと疲れが出た。
「疲れてるみたいだね、御子柴くん。やっぱりサッカードラマの撮影は体力使うんだろうね」
田中マネが車のミラーごしに話しかける。
「いえ、ドラマの撮影は平気なんですけど……」
「三分一マネ? おしゃべりな人だよね。でもマッサージと食事はピカ一だって社長も褒めてたけど」
「まあ……仕事に関しては文句ありませんけど……」
「それにあのポジティブさやガッツというか、そういうのがまねちゃんに似てるんじゃないの?」
「全然似てませんよ」
「まねちゃんのイザベルと髪型も同じだし、きっと気に入るって社長が太鼓判押してたけど」
「俺の女の趣味をどんな風に思ってんですか、社長は……」
「はは。そういえばまねちゃんには、その後まだ電話もしてないの?」
「ええ。俺だけイザベルがまねちゃんだって気付いてなかったのが……なんかショックで……。結構冷たいことも言ったような気がするし……」
「まねちゃんはそんなの気にしてないんじゃないの?」
「でも向こうからも全然電話してこないですよ」
本当は真音の方から何か言ってくるだろうと思っていた。
そうして日にちが経つうちに、どんどんかけ辛くなって、今では意地になっていた。
「普通向こうから一言あってもいいですよね? 急にマネージャー休むとか……。事情の説明ぐらいしてもいいですよね?」
結構イラついていた。
「まあ、その事情の説明がし辛いんじゃないの? イザベルだっていうのを知られたくないみたいだから」
「それもムカついてるんです! なんで俺に知られたくないんだよ! そんなに信用ないのかよ!」
田中マネの前だと、つい本音で愚痴ってしまう。
「信用の問題じゃないでしょ。志岐くんと御子柴くんに知られたくないって言うんだから。まねちゃんが一番信用してる二人でしょ?」
「一番ムカつくのが、夕日出さんは知ってるってことですよ。なんであいつには知られてもいいんだよ」
「そういえば田崎マネが言ってたけど、昨日夕日出くんがイザベルの撮影現場に現れて、一悶着あったらしいよ。なんかイザベルの様子がおかしいらしくって、田崎マネがほとんどつきっきりになってるみたいだ」
「様子がおかしい? どういうことですか?」
「さあ、そこまでは……。ちょうどこの近くのスタジオだけど、寄ってみる?」
「べ、別に……。向こうから連絡してくるまで俺は話すつもりはないし……」
「じゃあ、このまま寮に帰るよ」
「……」
「そういえば大河原くん、卒業だってね。後輩なら大河原くんに卒業祝いの差し入れぐらい持って行ってもいいかもね」
「お、大河原さんに差し入れを持って行くなら……仕方ないですね」
御子柴はしぶしぶという顔を作って肯いた。
「はは。了解。じゃあ何か差し入れを買って行ってみよう」
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