第136話 夕日出さん 対 洗脳少女蘭子
「てめえ……電話しても電話しても無視しやがって……」
「夕日出……さん……?」
遠い記憶の中にそんな名前があった。
どんな人だったかと思い出す前に思うのは……。
『翔以外の男はみんな敵』
『蘭子を憎み、傷付ける者』
私は翔の腕にしがみついて、その背に隠れた。
「おい! なんだその態度は! らしくねえぶりっ子で誤魔化してんじゃねえぞ!」
「あの人……怖い……」
私はガタガタ震えながら翔にしがみついた。
「てめえは……キャンプから帰ってから朝ごはんを届けなくなったかと思ったら、電話しても電話しても無視しやがって。俺様が卒業するってのに挨拶も無しかよ」
ざわざわとスタッフ達も遠目に騒ぎを
「あれってプロ野球にドラフト指名されてた……」
「え? 蘭子ちゃんと知り合いなの?」
「朝ごはんとかって、結構深い仲じゃないの?」
すっかり注目を浴びている。
「翔……怖い……」
「ちょっと夕日出。さっきも言ったみたいに、イザベルは今、役に入り込んでるから普通の状態じゃないんだって」
翔が私を庇うように夕日出さんを押し留めた。
「なんだよ役に入り込むって。そんなの知るかよ。俺様は今日卒業するんだ。あと一週間で寮を出て行くんだ」
「こっちは映画の撮影が佳境に入ってんだよ。邪魔しないからスタジオに入れてくれって話だったろうが」
「だからっ! イザベルと二人で話がしたいんだよ! ちょっと来いって!」
夕日出さんは有無を言わせず、翔の後ろに隠れる私の腕を掴んだ。
「ちょっと、夕日出、よせって!」
翔がその腕を引き剥がそうとして、取っ組み合いのようになる。
「は、放して……」
「来いってば! なんだ! そのか弱い子羊のような顔は! 潤んだ目で見上げるな! 調子狂うだろうがっ!」
「だから、今ちょっと精神年齢も下がってるんだってば。無理矢理引っ張るなって」
三人がもみ合うのをスタッフも手を出せずに見守っている。
「お前はそんな可愛らしいキャラじゃなかったはずだぞ! 思い出せ! 図太くてお節介のかたまりのような自分を!」
「お前、自分の彼女に結構失礼なこと言ってるぞ」
「いいんだよ! 俺はそんな図太いところが好きなんだから!」
「おお!」
とスタッフからざわめきが起こった。
「やっぱり彼女だったんだ」
「意外な組み合わせだけど、破天荒同士お似合いかもね」
「確かに……」
スタッフがお互いに肯き合う。
しかし、最後の私の一言でスタジオ中が静まり返った。
「私……この人、きらい……」
夕日出さんは、公衆の面前で『彼女に振られる』という経験をすることになった。
◆
「あれ? 夕日出先輩?」
スタジオの外の廊下で頭を抱えて座り込む夕日出を見つけたのは志岐だった。
「おう、志岐か。お前もここで仕事か」
「はい。……なんか落ち込んでますか?」
「まあ……さすがの俺も今回ばかりは結構へこんでるな」
「もしかしてまねちゃんですか?」
「……。イザベルが真音だって知ってたのか?」
「はい。御子柴さんも、もう知ってます。ただ、まねちゃんは気付いてないと思ってますけど」
「は。そういう間抜けなところ、あいつらしいな。……てか、どうなってんだよ真音は!」
「会ったんですか? 今のまねちゃんに……」
「たった今な。嫌いって言われたぞ! くそがっ!」
「はは。俺も怖いって言われました」
「お前でもそれじゃあ仕方ないのか」
「逆ですよね。夕日出先輩でも嫌いって言われたんなら俺が拒絶されるのも当たり前ですね」
「お前……本気で真音が俺と付き合ってるとか思ってるのか?」
「違うんですか?」
「アホか! 真音はいつまでたっても、どこまでいってもお前一筋だよ!」
「……。そんな風にはあまり感じないですけど……」
「まあ、あいつの場合はファン心理の方が強いのかな。お前を独占するのは悪だと思ってるふしがあるな」
「独占するのは悪……ですか……」
「ま、現時点では、最大のライバルは大河原だけどな」
「ですね」
「なんだよ、あの小動物キャラは?」
「大河原さんを兄のように慕ってる設定みたいですよ」
「ふーん……」
「……」
「あいつのキャラと全然違うけどな……」
「ですね」
「でも……」
「……?」
「ちょっと……可愛かったな……」
「……ですね」
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