第135話 夢見学園、卒業式

「蘭子、彼らは翔を陥れようとする敵対グループだ。待ち伏せして翔を襲ったヤツらに仕返しするため、一人で敵地に乗り込んだ。ここは颯爽と全員を叩きのめすシーンだ。リハーサル通り暴れてこい」


「はい。翔を傷付ける人は許しません」


 私は丹下監督に耳打ちされて、赤紫のフリルをひるがえし立ち上がる。


「ああ、蘭子ちゃん。このパラソルも持ってね」


 マダム・ロココに手渡されたパラソルをさし、厚底ブーツでスタジオセットの中を進む。


「なんだ? この女」

「おい、こいつ、このあいだ翔と一緒にいた女だ」

「へへっ。何しに来たのかな? お嬢ちゃん」


 ガッ! ゴッ!! バキッ!!!


 こぶし、エルボ、蹴り、で三人を一瞬で倒す。

 ちょっとエルボが深く入りすぎたが、まあ仕方ない。

 この人達は翔を傷付けたのだから。


 そのままアジトに潜入して乱闘シーンになだれ込む。

 私は(なぜか)最強のゴスロリ美少女なので誰にも負けない。


 ガシッ!! ドガッ!! ゴキッ!!


 リハーサルで何度もやったとはいえ、負ける気はしない。


「はい、カーット。OKです」

 


「まあまあ! フリルのスカートがなんて綺麗に舞うのかしら、ねえ、監督さん?」


 マダム・ロココは上機嫌で映像をチェックしながら丹下監督に同意を求める。

 結構な頻度で衣装のチェックをしにきている。


「うむ。日が経つにつれて良くなってる。アクションにも迷いがなくなった。正直、ここまで入り込んでやってくれるとは思わなかった。アップになった時のうつろな表情も謎めいていていいね」


「ただ、演技の時以外の状態がちょっと最近ひどいですけどね」

 助監督が不安な表情で二人の会話に入ってきた。


「ひどいとは……?」


「大河原くんがいないと、もうスタジオの隅で震えてる感じです。今日も大河原くんは午後からなんで、スタッフが話しかけても怖がっちゃって」


「今日は何でいないんだっけ?」


「ほら、卒業式ですよ。今日は夢見学園の卒業式だったみたいですよ」


「ああ、そういえばそんな時期か」


 ちょうどその時、スタジオの入り口が騒がしくなった。


「大河原くんだ。卒業式終わったのかな」


 スタッフがあちこちで「おめでとう!」と声を掛けていた。


「翔!!」

 真っ先に駆け寄るのはもちろん私、蘭子だった。


「おお、蘭子。一人で大丈夫だったか?」

 

 私はうるうると涙を浮かべて翔の腕にしがみついた。


「翔が来るの……待ってた……」


「可愛いこと言うのな。よしよし」


 妹のように頭を撫ぜる。

 もうこんなやりとりにも慣れてきた。

 むしろお互いに本当の妹のように思えてきていた。


「そうだ。今日は蘭子にお客さんを連れて来た。まあ、連れてきたというか、ついて来たんだけどな」


「お客さん?」

 私は可愛く小首を傾げた。


「卒業式で会ってさ、お前がどうしてるのかってしつこくってさ。別に大して知り合いでもなかったのに、付きまとわれて大変だった。この後取材が入ってるらしいのに、ここに寄ってくってきかなくってさ」


「取材……?」


「夕日出だよ。今日一緒に卒業式だったんだよ。イザベルに電話しても出ないってうるさくってさ……」


 見上げた先には、すっかり仏頂面で立っている夕日出さんがいた。


 卒業式から本当にそのまま来たらしく、制服のボタンというボタンを下級生にとられ、ネクタイも無しで胸に一輪コサージュの赤い花がついていた。



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