第133話 洗脳された真音
「ちょっと大丈夫? 目の焦点が合ってないけど……」
「え?」
私はぼんやりと視線を上げた。
そこには田崎マネージャーが立っていた。
「はい……。大丈夫です……。翔のためだけに生きています……」
「ちょっと本当に大丈夫?」
田崎マネは、私の頬をペチペチと軽く叩いた。
「あなたも私を痛めつけにきたのですね……。私の味方は翔だけ……」
「もう、何言ってるのよ。業務連絡するわよ。このまま今月はほとんど映画の撮影が終日決まってるから。それから『仮面ヒーロー』の撮影は、今のところヒーローサイドを中心に撮ってるし、悪役はあなたが忙しいならゼグシオとマッチョ軍団だけでいいってことで、しばらく休ませてもらってるから」
「仮面ヒーロー……。そういえばずっと昔そんなドラマを撮ってました……」
「ずっと昔って、ついこの間のことじゃないの」
「そうでしたっけ……」
「それから御子柴くんのマネージャーは別に一人雇ったから、あなたはこの映画撮影だけに全力で取り組んでくれって社長からの伝言よ」
「御子柴……。そういえばそんな人もいました……」
「御子柴くんは、新しくとても有能なマネージャーがついたみたいだから、サッカーのドラマも順調に撮影が進んでいるらしいわ」
「サッカードラマ……」
「そうよ。元スポーツトレーナーだったらしくて、食事からマッサージまでプロの仕事でサポートしてるみたい。なあに? 御子柴くんから何も聞いてないの?」
「はい、なにも……」
「携帯番号ぐらい知ってるんでしょ? え? 映画に入ってから一度も?」
「はい……」
「いや、確かにちょっと意地悪のつもりで連絡しなくていいとは言ったけど、別に連絡したかったらしてもいいのよ」
田崎マネは少し後ろめたい表情になっていた。
「いえ、いいです。だって私は……翔のためだけに生きているのですから……」
「ち、ちょっと、やっぱり監督に言って一日休みをもらった方がいいわね。食事ももっとしっかりとって。ずいぶん痩せた気がするわよ」
「いえ、大丈夫です。あ、翔が来た……」
私はうつろな目で立ち上がり、いそいそと翔のそばに近付いた。
「ああ、おはようイザベル、いつも早いな」
朝一番でメイクを済ませるようにしている。
あれ? なんで朝一番なんだっけ?
まあいい。
私ははにかんで笑うと、翔の隣の椅子にちょんと座った。
「……。なんか日増しに懐かれてる気がするけど、気味悪いな」
「気味……悪い……」
必要以上に傷つく。
世界の終わりほどショックだ。
「あ、いや、ごめん。冗談だって。調子狂うな。前の失礼な態度はどうしたんだよ」
「翔に失礼な態度なんて……したことありません……」
「嘘つけよ」
「嘘……」
途端に世界に見捨てられたように悲しくなる。
「あー、うそうそ。俺が嘘。もう涙ぐむのやめて。お前、役に入り込み過ぎだろ? 大丈夫か?」
こくりと肯く。
「な、なんか仕草も可愛くなってるな。それがお前の役作りか? まあ、悪くないな」
「翔……お兄ちゃん……」
「ああ、そうか。近所のお兄ちゃん設定だったな。うん、需要はあるな。その役作りはいいかもしれない」
褒められて僅かに微笑む。
「あー、なんか調子狂う。そうだ、喉渇いてないか? ジュース買ってきてやろう」
翔は小銭入れを持って立ち上がった。
そそくさとその後をついて行く。
「ず、ずっとあんな調子なんですか? イザベルは?」
呆然と見つめる田崎マネの問いに、共演者の一人が肯いた。
ずっとついている訳ではないので、昨日まではちょっと無口になった程度で気付かなかった。
「あれは完全に丹下マジックに
◆
「別について来なくて良かったのに。それで何が飲みたいんだ?」
翔は自販機にお金を入れながら、もじもじと立っている私に声をかけた。
私は小首を傾げて、オレンジジュースを指差す。
「ちょっと精神年齢下がり過ぎてるな。まあ、可愛いからいっか」
翔は笑いながらオレンジジュースのボタンを押した。
「ほら」
私はジュースを受け取るとタブを開けようと四苦八苦する。
「ああ、かせかせ。開けてやるって。ホントに世話の焼ける妹みたいだな。ま、そうやってると結構可愛いけどな。お前ずっとそのキャラでいけば?」
ぽっと顔を赤らめる私に、後ろから声がかかった。
「イザベル……」
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