第127話 イザベルの正体

「おはようございます、田中マネ。あれ? まねちゃんは?」


 地下の駐車場に下りてみると、田中マネしかいないことに御子柴は首を傾げた。

 いつもなら真音が手作り朝食を持って待っているはずだった。


「彼女は急な仕事で朝早く出たから、私が急遽代わりに来たんだ」


 メンズボックスの撮影は、最近は真音ひとりだったのに田中マネがいるのも不自然だった。


「急な仕事?」

 そんな話は本人からは何も聞いてない。


「まあ、車に乗ってから話すよ。志岐くんもいるよ」

 車を覗くと、すでに後部座席に志岐が乗っていた。


 メンズボックスの撮影が一緒の時は、大河原さんも一緒に寮の車で向かうのがお決まりになっていた。


「おはようございます、御子柴さん」

「おはよう、志岐。大河原さんは今日は撮影に入ってないのか?」

「はい」


 不穏な雰囲気を感じながら車に乗り込むと、すぐに出発した。


「それでまねちゃんの仕事って?」

 御子柴はすぐに田中マネに問いかけた。


「そのことだけど、本当は社長から口止めされてるんだ。本人が内緒にしてくれるなら引き受けるって言ったもんだからさ」


「内緒にするなら引き受ける? 何か人に知られたくないような仕事なんですか?」


「そんなことはないはずなんだけど、本人が知られるのを嫌がっててね」


「何の仕事ですか? 余計に気になりますよ。そんなに嫌がる仕事ならさせなくて良かったじゃないですか。俺のマネージャーとして一生面倒見るって言ってんのに。まさか露出のすごいグラビアとかじゃないですよね。それとも体を張ったバラエティーですか?」


「いや、むしろそれだったら逆にここまで隠さないんじゃないかな。彼女の場合……」

 何を恥ずかしいと思うかは、人それぞれだ。


「ただ、これからしばらく忙しくなる。彼女はもうマネージャーの仕事は出来なくなるかもしれない。逆に彼女にマネージャーが一人つく事になった」


「マネージャーがつく……? そんな大きい仕事が決まったんですか?」


「うん。まあ仕事は大きいね」


「志岐、何か聞いてるのか?」

 御子柴は隣に座る志岐に尋ねた。


「いいえ。でも……」

 志岐は確信を持って田中マネに問いかけた。


「大河原さんは今日は映画の撮影ですか?」


 その問いに田中マネはぎくりとした表情になった。


「ああ。うん。そうみたいだね」


「ヒロインはイザベルに決まったんですね」


「……。ああ。そうだね」

 田中マネはミラーごしに志岐の表情をうかがって観念したように肯いた。


「何の話をしてるんだよ。今はまねちゃんの仕事の話だろ?」

 御子柴は訳が分からないという顔で二人を見た。


「田中マネ、言いますね。御子柴さんに隠すなんて無理ですよ」

 志岐に言われ、田中マネは困ったように肯いた。


「私も無理だと思ったんだ。ただし、本人の前では知らないフリをして欲しい。まねちゃんが君達にだけは知られたくないと言ってるんだ」


「分かりました」


「何のことだ? 知らないフリって?」


「分かりませんか? 御子柴さん」


「分からないから聞いてんだよ!」

 つい語尾が強くなる。


「イザベルは……まねちゃんですよ」


「!!!」


 今の今まで気付いてなかったのが、その表情で分かる。


「まさか……」


 言われてみれば何故今まで気付かなかったのか不思議なぐらいだ。

 最初に夕日出さんに彼女と紹介されたせいで、冷静な判断が出来なくなっていた。

 一度別人だと思い込んでしまうと、同一人物の選択肢は無くなってしまった。


「じゃあ、それで志岐はイザベルのことを気にかけていたのか?」

「はい」


「いつから気付いてたんだ」

「たぶん一目会った時から……。最初は半信半疑だったけど、話してみて間違いないと……」


 負けた気がした。


 一番長く側にいるのは自分だと思っていた。

 彼女のことを一番分かっているのも自分だと思っていた。


 それなのに……。


「志岐……。お前もしかして……」

「……」


 志岐はしばらく考えた後、言葉少なく答えた。


「俺の気持ちはともかく、まねちゃんは夕日出さんが好きみたいです」




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