第126話 真音の決意

「怪我はありませんか?」

「はい。助けて頂いてありがとうございます」


「お名前を聞いてもいいですか?」

薫子かおること申します」


「薫子。美しい名前だ」


 今日の仮面ヒーローの撮影は、志岐くんのゼグシオと薫子姫の再会のシーンだ。

 不良にからまれる美女を助けるという、とても分かりやすい展開だ。

 子供達のヒーローものに、奇をてらった演出は必要ない。


「う、美しい……」


 私はたまたま側に立っていた大井里くんの背に隠れて、美し過ぎる志岐くんを垣間見ていた。私より背が低いから、かなり屈んで隠れないといけない。


「あんた何でわざわざ俺の後ろに隠れて見てんの? 共演者なんだから堂々と見ればいいじゃん」

 大井里くんがもっともなことを言った。


「あ、すいません。ついくせで……」

 それに最近志岐くんの機嫌が悪くて、いろいろ遠慮してしまう。


 今日は志岐くんは別の仕事からこちらに来たので、昨日夕日出さんと一緒のところを見られてからは話していない。


 小西いいかげんマネが、車を運転して連れてきた。

 徐々に仕事が忙しくなってきた志岐くんは、最近車の移動も多くなってきた。

 それでもまだ小西マネだったが……。


 小西マネは志岐くんが売れてきたのは自分のおかげだと陰で豪語しているらしい。


 いやいや志岐くんの実力以外何もないでしょう。

 むしろ田中マネのような敏腕マネなら、もっといい仕事を取ってくるはずだ。


「あなたはもしやあの時の……」

 ゼグシオは先日会った姫だと気付く。


「え? 何のことでしょう?」

 それなのに薫子姫は、長い黒髪の一度見たら忘れない容姿のゼグシオを見ても気付かない。


 そんなバカな、は子供番組にはあって当然。

 ない方が不思議なのだ。


「いえ、なんでもありません」

 ゼグシオはごまかすように、顔をうつむけた。



「美しい男だねえ……」

 ほうっとため息をつきながら呟く声に、私は振り返った。


 まっちょ軍団の一人、春日野かすがのさんだった。

 まっちょ軍団の中でも、いつも志岐くんに熱い視線を送っている人だ。


「分かりますか! 春日野さん!!」


「分かるよ。もちろんだよ。あんな美しい男は見たことがない」

「春日野さん! なんて審美眼のある人なんですか!」

 一瞬にして意気統合した。


「え? 春日野さんは男が好きってことですか?」

 大井里くんが警戒を強めて尋ねた。


「もう! すぐにそうやって変な風に勘ぐるでしょ?僕はただ美しい男が好きなだけだよ。そして自分も美しい男になりたい。ストイックな男達が錯綜する世界観が好きなんだ」


 やはりちょっと危ない人のようだ。

 志岐くんが襲われないよう、気をつけて見張っておかねばなるまい。


 ただ、志岐くんの美しさを同じように分かってくれているのは嬉しい。


「僕は志岐くんのファン一号だよ」


「聞き捨てなりません! ファン一号は間違いなく私です!」


「いいや。あなたより、僕の方が彼の筋肉一つ一つまで愛してるよ」

「いいえ! 志岐くんの筋肉を語らせたら私の右に出るものはいません!」


「気持ち悪いな、あんたら」


 まっちょとSM女王の言い合いに大井里くんはドン引きしていた。


「あ、休憩に入ったみたいだよ。僕、志岐くんにプロテインを差し入れしよっと」

「じ、じゃあ私は冷たいお茶を持って行きます!」


 私と春日野さんは先を争うようにベンチで休む志岐くんに飲み物を差し入れた。


「志岐くん。僕のお気に入りのプロテインなんだ。良かったら飲んで」

「志岐くん。まずは冷たいお茶で喉を潤して下さい」


 志岐くんは驚いたように顔を上げた。


 つい春日野さんにあおられて声をかけてしまったが、まだ怒ってたらどうしようかと急に不安になってきた。

 しかし、志岐くんはいつもの穏やかな表情でにこりと笑ってくれた。


「ありがとう」

 私の差し出すお茶を手にとり、ぐいっと飲んでくれた。


「志岐くん。僕のプロテインも飲んでよ。これはムキムキ筋肉には欠かせない必須アイテムなんだよ」


「はあ……。ありがとうございます」

 志岐くんは困ったように苦笑しながら、プロテインを受け取った。


 その様子を見ていた他のまっちょマン達も集まってきた。

「志岐くん、さっきの正拳突きは良かったよ。胸筋にグサリと刺さったよ」


 まっちょ達は、薫子姫に絡む不良役もやっていた。

 好き放題に使いまわされている。


「すみません。痛くなかったですか?」


「大丈夫だよ。僕の胸筋でしっかり受け止めたから」

「僕も今度その技で仕留めてもらいたいな」

「僕は志岐くんの蹴りを腹筋で受け止めてみたいんだ」


 なんかまっちょ軍団は少し変態の香りがする。

 志岐くんへのリスペクトが少しイケナイ方角に向かっている。


 でも役柄通り、ゼグシオ様を心から崇拝しているのは確かなようだ。


 ココちゃん達はまっちょ軍団に押されて、遠巻きに見ている。

 撮影が始まって僅かな期間で、すでにみんな志岐くんを別格の存在として認識し始めていた。


 才能ある人とは、こんなものなのかもしれない。

 スターになる人は、存在そのものがスターなのだ。


 御子柴さんや志岐くんのような生まれながらのスターのような人を見ているのが好きだ。

 私に手助け出来ることがあるなら、どんな努力も惜しまない。


 それは今も変わらない。


 でも……。


 自分の未来を一生懸命切り開こうと努力し続ける人達を間近に見ていたら……。


 私はこのままでいいのだろうかと疑問が湧いてきた。


 どうせ私は才能なんてないから……。


 志岐くんや御子柴さんのような輝く存在になんてなれっこないから……。


 最初から言い訳ばかりで、モデルも俳優も言われるままにこなしているだけだ。


 志岐くんは野球という全然畑違いの世界から、必死でこちらの世界に順応しようと努力している。


 私も……とびきりの美人でもなく、何の才能もなくとも、せめて後悔のないぐらい本気で取り組んでみようか。

 それでやっぱりダメなら、その先のことはそこで考えればいい。

 

 ただ遠巻きに見ていられればいいと思っていた。

 でも最近の私は少し欲張りになってしまったのだ。


 もうすぐ手の届かなくなる志岐くんに、少しでも追いすがっていたい。


 まだそばにいられる可能性が少しでもあるなら、全力で取り組みたい。


 だったら……


 私の進むべき道はひとつしかない。


 


 この日私は新たな決意を固めた。

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