第125話 夕日出さんとの密会

「どうしましょう、夕日出さん。えらいことになってしまいました。つい腹立ちまぎれに本気の回し蹴りをしてしまって……。いや、あの場で手を抜くなんて出来ないですよ」


「いいじゃん。映画のヒロインなんて誰でも出来るもんじゃないぜ。一生の思い出作りにやってみろよ」

 

 なんでこの一作で干される前提なんですか。

 いや、私もそう思うけども……。


「どうでもいいけど、その相談を何でラーメン屋でするんだよ」


 私と夕日出さんは寮から一番近いラーメン屋『がんちゃん』に来ていた。

 安くて美味しい穴場なのだ。

 と言っても、私は初めて入ったのだが。


「一度食べたかったんです。がんちゃんのラーメン。噂通りあっさり塩味で美味しいですね」

 私はずるずるとラーメンをすすった。


「確かに旨いけどもさ……。まあ、お前だからいっか」

 夕日出さんも諦めたようにラーメンをすすった。


 店内にはラーメンを食べることだけに忙しいおっさんばかりが大勢いた。

 甲子園アイドルの夕日出さんにも騒ぐような客層ではなかった。


「問題はイザベルがヒロインってことなんです。私の正体を知っているのは、ポップギャルのスタッフの人達と夕日出さんだけなんですから」


「え? 志岐や御子柴も知らないままなのか?」


「もう今更言えません」


「へえ……それは……」

 夕日出さんはにやにやと笑った。


「それから話の都合上、イザベルと夕日出さんは誰も入り込む余地のない熱々あつあつラブラブカップルということになってます。すみません」


「どういう話の都合でそうなるんだよ。でも、ま、別にいいぜ。いっそ嘘をホントにするか。俺はいつでもウエルカムだぞ」


 夕日出さんは女なら誰でもいい、と言ったことは黙っておこう。

 ごめんなさい、夕日出さん。


「とにかく御子柴さんや志岐くんに何か聞かれても、そういうことにして下されば助かります」


「なんか今、俺の重大発表を軽くスルーされたな」


 頬杖をつきながら笑う夕日出さんは、少し大人びた気がする。

 キャンプから戻った夕日出さんは大型新人として期待も大きいはずだ。

 でもこの人からは少しもプレッシャーのようなものは感じない。


「夕日出さんは、期待されて不安になったりしないんですか? 期待に応えられなかったらどうしようとか……」


「もう慣れたな。野球なんかやってると、満塁で一打逆転の場面に打席が回ってくることなんてよくある。期待通り打てた時もあれば、三振してカッコ悪くベンチに戻ることだってしょっちゅうだよ。いちいちヘコんでる暇があるなら、次の戦略をたてた方がいい。全力でやってダメだったんなら、努力が足りなかったってことだろ?」


「夕日出さん……」

 私は思わず夕日出さんの手をとり、尊敬の眼差しを向けた。


「ただ何も考えずにバット振り回してる人かと思ったら、深い人だったんですね。見直しました!」


「見直される前がひど過ぎるだろ」

 夕日出さんは、呆れたように笑った。



「夕日出先輩!!」

 そんな私達に太い声が呼びかけた。


 手を握ったまま見上げると、野球部の面々が私達の横に立っていた。

 ぼうず頭が十人ばかりいる。


 その中に一人だけ異質なイケメンが混じっていた。

 志岐くんだった。


「おお。お前らもラーメン食いに来たのか」

 どうやら野球部は行きつけらしい。


「夕日出先輩……。やはり姉御とはまだ続いていたんですね」

 野球部達は私と夕日出さんを交互に見た。


「あ、いえ、これは……」

 私は慌てて握っていた手を離した。


「ゴスロリ女との噂があったんで心配しましたが、良かったです。やはり夕日出先輩は姉御が一番似合ってます」


「おお。真音は心の広い女だからな。少々の浮気に目くじらたてたりしないんだよ」


「ち、ちょっと、夕日出さん……」

 話がおかしな方向にいってます。


「さすが姉御。羨ましいっす」


「おう。志岐も羨ましいか?」

 夕日出さんは、からかうように志岐くんに問いかけた。


「……」

 志岐くんは何故か何も答えず真っ直ぐに夕日出さんを睨んでいた。


「お? いつもみたいに関係ないとか言うのかと思ったら、不満そうな顔だな」

 夕日出さんは意外そうに目を丸くした。


「別に俺の口出すことじゃありませんから」

 その声が少し怒っていた。


「ふーん、そう言う割りに怒ってね?」

「怒ってません!」


「すいません夕日出先輩。こいつこの間からなんか機嫌悪いんで……」

 隣にいたおかやんが慌てて取り成す。


「かまわんぞ。いっつもにこにこしてる男なんて信用出来ねえ。お前も少しは面白い男になってきたか」

 夕日出さんは伝票を取って立ち上がった。


「でも、ま。真音は俺のもんだけどな。さ、行くぞ真音」

「え? は、はい」


 まだスープを飲み干してなかったが、うながされて立ち上がった。


「これからお楽しみの時間だからな。ついてくるなよ」

 夕日出さんは挑発するように志岐くんに捨てゼリフを吐いてレジに向かってしまった。


「ち、ちょっと……」


 野球部の「おお!」という羨ましがる顔に混じって志岐くんとおかやんが見える。


「まねちゃん、ホントに夕日出さんの彼女だったんだ。凄いね」


 感心するおかやんの横で志岐くんが憮然と私を見つめていた。


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