第123話 イザベルに仕事のオファー 

「え? イザベルを?」


 メンズボックス四天王が集まった撮影で、大河原さんがとんでもないことを言い出した。


「うん。俺の映画のヒロイン役に推薦してみようと思うんだ」


 志岐くんが読んでいた本から顔を上げた。


「な、なぜイザベルを? 嫌ってたんじゃないんですか?」

 私は驚いて尋ねた。


 大河原さんが気に入ってたのは亜美ちゃんだったじゃないか。


「あれ? 魔男斗ってイザベルのこと知ってたっけ?」

 

 しまった。

 つい驚いて余計なことを言ってしまった。


「あ、あのみなさんの話から、あ、それに夕日出さんと一緒にいるところを見たので」


 そうだ。

 一応面識はあることになってる。


「ふーん。まあどうでもいいけど……。とにかく本命彼女をヒロインに推薦するとロクなことがないというのは前回学んだからさ、絶対彼女にしたくない女がいいと思ってさ」


 なるほど。


 いやいや、なるほどじゃない!


「そんなド素人をヒロインなんて無茶じゃないですか?」

 私は反論してみた。


「それが案外ド素人でもないみたいなんだよ、これが。とにかく身のこなしが軽くてさ、聞けば殺陣たての稽古をしてるって言ってたし」


 しまった。余計なことを言わなければ良かった。

 まさか、それであのおばけ屋敷のあごクイ?


「いいんじゃないですか? あの子なら斬新な画になりそうだし」

 御子柴さんが気のない返事で賛成した。


 ぎゃあああ。

 御子柴さん、やるなって言ってたくせに!


 いや、そうか。

 私だと気付いてないんだった。


「やめた方がいいと思います」

 珍しく強い声で言い放ったのは志岐くんだった。


 あまり人のことに意見などしない志岐くんだから、みんな驚いてそちらを見た。


「おっまえ、マジであの子気にいったんだな。変わってるよな」

「志岐くんって真面目かと思ったら女の趣味悪いよね」


 大河原さんと廉くんがもっともな事を言う。


「心配しなくても口説いたりしないよ。なんだったら彼女の情報、お前に流してやるよ」


 余計なことしないで下さい。大河原さん。


「イ、イザベルは夕日出さんとラブラブですから、ダメですよ!」


 私は再び夕日出さんとラブラブ説で牽制けんせいすることにした。


 夕日出さん、ごめんなさい。

 まあ、夕日出さんなら噂になっても大した打撃もなさそうだ。 


「え? 夕日出と付き合ってるのか? え? マジで? 夕日出って誰でもいいんだな」


「そうです。夕日出さんは女なら誰でもいいんです」


 ああ……ごめんなさい、夕日出さん。


「……だってよ。失恋だな、志岐」

 大河原さんは、にやにやと志岐くんを見た。


「そんなんじゃありません。でもまずは、彼女の意志を確認した方がいいです。そういうのやりたくないかもしれません」


「ああ、それが、とりあえずポップギャルに聞いてみたら、マダムロココっていうブランドのオーナーの耳に入って、すっかり乗り気らしいんだ。衣装協力は任せてくれって言われたらしい」


 マダムロココめえええ!! 


 いや、編集長もすっかり言いなりじゃないかああ!!

 私の意志はどうなったああ!


 秘かに頭を抱える私は、心配そうにこちらを見ている志岐くんと目が合った。


「なあ、なんで志岐と魔男斗はイザベルのことになるとムキになるんだ? おかしくね?」

 大河原さんが私達を見て首を傾げる。


 まずい。

 怪しまれてる。

 もう今更、私がイザベルだなんて絶対バレる訳にはいかない。


 志岐くんには……。

 志岐くんには特に絶対バレたくない。


 だってイザベルは……。


 イザベルは志岐くんに抱き締められたあの時……。

 間違いなく別の感情を持っていたから……。


 真音が持ってはいけない感情を持ってしまったから……。


 あの感情ごと、私とは切り離した存在でなければならない。


 イザベルは……真音であってはならないのだ。


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