第122話 不機嫌な志岐くん
「久しぶり、おかやん!」
スポーツ9組時代のクラスメートであり、志岐くんの親友でもある野球部キャッチャーのおかやんと久しぶりに会った。
仮面ヒーロー撮影の後、ロケ弁の余りももらえず、寮の食堂で夕食をとることにした。志岐くんと必要最低限の会話しかしないまま食堂に入ると、おかやんがいたのだ。
「うわあ、久しぶりだね、まねちゃん。仕事の帰り?」
おかやんは、以前より一回り大きくなっていた。太ったようにも見えるが、どうやら筋肉のようだ。
「おかやん、前より巨大になってない?」
「うん! 僕、3年が引退して正捕手に選ばれたんだ。これでもジムに毎日行って鍛えてるんだよ」
知らなかった。頑張ってるんだ。
「まねちゃんも久しぶりにジムにおいでよ」
寮の上階にあるジムには、芸能組に編入してからは行ってない。
定食をとってテーブルにつくと、野球部の面々が私に気付いて挨拶をしていった。
「
「夕日出先輩によろしくお伝え下さいっす」
いまだに私が夕日出さんの彼女だという噂は伝説のまま残っているらしい。
もう弁解するのも面倒で、苦笑しながらぺこりと頭を下げた。
「まねちゃん、今でも夕日出先輩に朝食届けてるんだって?」
「うん。食事トレーナーが見つからないらしくって」
「へえすごいな……。それで……なんでこいつはさっきから黙り込んでんの?」
おかやんは、私の隣で黙々と定食を食べる志岐くんに視線をやった。
そう。
志岐くんはさっきから会話にも入らず、芸術的な箸さばきで食事に集中していた。
「腹が減ってるだけだよ」
「……」
おかやんはその口調だけで、何かあったなと察したらしい。
もう、それ以上追求せずに、別の話題に変えた。
こういうところは意外に気の利くデブなのだ。
「そういえばさ、夕日出先輩が今度はゴスロリの女の子と付き合い始めたって聞いたけど知ってる?」
しかし話題のチョイスは最悪だった。
「かなり本気で入れ込んでるらしいけど、ゴスロリってどうなのかなあ。ホテルのロビーで見かけたヤツがいるんだけどさ、かなりヤバい外見だったらしいよ。騙されてんじゃないかって、みんな心配してたよ。なにせ、うちの学校のプロ1号だしさ。変な女のせいで潰れて欲しくないよ」
おかやんの言葉に、はっと気付いた。
考えようによってはグッドタイミングな話題かもしれない。
これは志岐くんを改心させるチャンスだ。
「その通りです! おかやん、よく言ってくれました!」
私はおかやんの手をとって握りしめた。
「え? なに? 何のこと?」
おかやんは突然手を握られ驚いている。
「ゴスロリの服を着る死体顔の女なんて未来ある若者が付き合ってはいけません! 夕日出さんや志岐くんのような爽やかな男性には似合いません!」
「志岐? 志岐はそんな趣味ないだろ?」
おかやんは確認するように志岐くんを見た。
素晴らしい返しです、おかやん。
見直しました。
「別に服装とか関係ないと思うけど。好きになったら何を着てても好きなんじゃないの?」
志岐くんはそう言って味噌汁を飲み干した。
「ええ?! 志岐ってそんなストライクゾーン広いヤツだっけ? そういえば志岐の好みのタイプとかって聞いたことないよな」
ナイスです、おかやん!
それ聞きたい!
「別に決まったタイプなんてないよ」
つれない返事だ。よし、じゃあ……。
「志岐くんはエックスティーンの亮子ちゃんと、地下アイドルの亜美ちゃんと、仮面ヒーローのココちゃんだったら、誰がいいんですか?」
「僕は断然、亜美ちゃんだな」
おかやんには聞いてません。
おかやんを無視して志岐くんの答えを待つ私に、困った顔をする。
「誰も好みじゃないよ……」
なんと……。
「ええっ?! お前、
そうです。
もっと言ってやって下さい、おかやん。
まさか、やっぱりゴスロリ女が好みなんて言い出さないですよね。
「志岐くんは……まさか派手な化粧とか衣装の人が好きなんですか?」
「え? 志岐ってそんな趣味? 知らんかったぞ」
「ダメです! 志岐くん! ゴスロリ女だけはダメですよ!」
私は乗り出す勢いで叫んだ。
「ゴスロリ女? え? 何? 最近流行ってんの?」
おかやんはまさかという顔で私に尋ねた。
「……。俺が誰を好きになろうが、まねちゃんには関係ないよ」
志岐くんは、やはりむっとして答えた。
関係あるんです。
そのゴスロリ女は一番選んではいけない相手なのです。
これほど不釣合いな女はいないのです。
その言葉を飲み込む代わりに、諦めさせる方法を思いついた。
「そ、そういえば、夕日出さんのゴスロリ彼女の話を聞いたことがありました。それはもう深く深く愛し合っているらしくて、他の人の入り込む余地などまったくない感じでした。何びとたりとも、あの二人を引き裂くことなど出来ません」
「えー、やっぱりそうなんだ。そんなにラブラブなの?」
おかやんだけが食いついた。
「それはもう、話を聞いてるだけで赤面するぐらいのラブラブ
「……」
一瞬、志岐くんの回りの空気がすっと冷えた気がした。
「ラブラブ熱々って、たとえば?」
志岐くんは少し怒った顔で私に尋ねた。
「た、た、たとえばって……、そ、そんなことは私の口からは言えません!」
「……」
無言の志岐くんにおかやんが問いかけた。
「それで志岐はさっきから何怒ってんの?」
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