第121話 志岐くんの残念な欠点

「志岐くん。お疲れ様。スポーツドリンク、飲みますか?」


 ココちゃんと奈美ちゃんが、パイプ椅子に座って休憩する志岐くんに飲み物を差し出していた。ただ座っているだけなのに、空気が異世界の王子様だ。


「ありがとう」

 微笑んで飲み物を受け取る志岐くんに、ココちゃん達はきゃぴきゃぴ喜んでいる。



「なんか、すっかり主役を食われてるな」

 私の横で大井里くんが、面白くなさそうに呟いた。


「あ、大井里くんも何か飲み物取ってきましょうか?」

「いいよ、別に」


 ふて腐れる大井里くんに、私は飲み物を取ってきた。


「どうぞ」

「……」


 大井里くんは、ふんっと鼻を鳴らして行ってしまった。


 やはりココちゃんの差し出す飲み物と、SMコスプレの女が差し出す飲み物では大違いらしい。もしかするとココちゃんが好きなのかもしれない。


 ココちゃん達は、そんな大井里くんにも気付かず、志岐くんに何やら話しかけては、きゃっきゃっと騒いでいた。


 志岐くんは……。

 紳士的に対応している。

 真音の時の私に対する態度と変わらない。


(やっぱりイザベルだけ特別?)


 遊園地の時の志岐くんを思い出すと、かっと体が熱くなる。


 志岐くんらしくないというか……。

 いや、好きな人にはあんな感じなんだろうか。


 志岐くんは、すべてが完璧で欠点のない人だと思っていたが、まさかそんな落とし穴があったとは気付かなかった。


(女の趣味が最悪に悪いんだ……)


 どう考えても爽やかな志岐くんとゴスロリ女イザベルでは釣り合わない。

 志岐くんが不幸になるのが見えている。


 いや、もう二度とゴスロリ姿で志岐くんの前に現れることはないだろうが、ここはファンとして自分に釣り合う女性を好きになるように導いていかねばなるまい。


 エックスティーンモデルの亮子ちゃん。

 地下アイドルの人気者、亜美ちゃん。

 グラビアアイドルのココちゃん。

 

 よりどりみどりなのに、何が悲しくてイザベルなんだ。

 この際、イザベル以外なら誰でもいい。

 ここは、心を入れ替え、志岐くんの正しい恋愛を応援しよう。


「まねちゃん」

 腕組みをして考え込んでいた私は、突然呼びかけられてびっくりした。


「し、志岐くん。あれ? ココちゃん達は?」

「最終チェックも終わって、今日は終わりらしいよ。もう控え室に戻ったよ」

「そ、そうなんだ」


「このメイクを落とすのにちょっと時間がかかるかもしれないけど、待っててくれる? 一緒に帰ろう」


 異世界の黒髪王子様がマントをひるがえし私に言う。

 うっかり答えるのも忘れて見惚れてしまった。


「まねちゃん?」

「あ、うん。待つのはいいけど、もしかしてココちゃん達とお茶でもして行きたいんじゃないの? 私なら一人で帰れるから大丈夫よ」


「……。誘われたけど断ったよ」

「え? どうして?」


 やっぱり誘われてたんだ。


「どうしてって、まねちゃんと一緒に帰るし……」

「私のことならいいんですっ! 志岐くんが行きたいなら行って下さい!」

 

 やっぱり私が邪魔してるんだ。

 せっかく可愛い子とお近付きになれるチャンスを逃してるんだ。


「……。別に行きたくないし……」

 志岐くんは珍しく、ちょっとむっとした顔になった。


「そ、そうなんですか?」


 ココちゃんは好みじゃないんだろうか。


「とにかく着替えてくるから、待ってて」

 志岐くんは少し不機嫌な顔でメイクルームに戻っていった。



◆    


 

「あの……」

 電車の中は今のところ無言だった。


 ドアの付近に窓の外を眺めながら立つ志岐くんは、本人は気付いてないが車両の注目を集めている。老若男女を問わず、美しいものには自然に目がいくのが世のことわりだ。


「なにか怒っていますか?」

 私は恐る恐る志岐くんに尋ねた。


「別に……でも、まねちゃんこそ俺と帰りたくなかったのかと思って……」

「え? まさか。そういう意味じゃありません。ただ、せっかくの志岐くんの出会いのチャンスを私が邪魔してるのかと思って」


「出会いのチャンス? ココちゃんと付き合えばいいと思ってんの?」


「志岐くんが好きなのならお似合いだと思います」


「……」


 志岐くんはしばらく何か言いたげに私を見てから、結局何も言わずにふいっと窓の外に視線を向けてしまった。


 え? 無視?


 以前はポーカーフェイスで、全然感情の見えなかった志岐くんだが、最近は不機嫌な時が分かるようになった。


 とりわけ私は志岐くんを不機嫌にさせる天才のようだ。


 落ち込む反面……。


 ふて腐れた表情で窓の外を見据える志岐くんの横顔があまりに美しくて……。


 無言のままの時間も心地よかった。

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