第116話 おばけ屋敷の撮影②

『見―つけた……』


 すぐ後ろで声が聞こえた。

 この声は……。

 全然知らないのに、よく知ってる気がする。


「ぎゃああああ!!!!」


 気が付くと駆け出していた。


「あ、おい待てよ。戻ってどうすんだよ、おいって……」

 大河原さんの呼びかけも無視して、元来た道を猛スピードで戻っていた。


(逃げなきゃ……)


 ただ直感でそう思った。

 スタッフのいる前方よりも、なぜか後方に活路があるように思えた。


『あなたの体が気に入ってるのよ。待って……』


「いやあああ!!! 来ないで! 来ないでえええ!!」 


 撮影で貸切のおばけ屋敷は誰もいない。

 入り口まで走って逃げるしかない。


 でも……。


 でも、どんどん間近に気配が近付いている。


「来ないでええ!!」


 ダメだ。追いつかれる!

 背筋に冷たい気配を感じる。


『つかまえた……』


「いやあああ!! 誰かあああ!!」



 もうダメだ……と思った瞬間……


 ぐっと誰かに抱きとめられた。



「!!!」



 そのまま強い力で抱き締められた。

 何が起きたのか分からない。


 分からないけど、一瞬で恐怖が安堵に変わった。

 全然覚えなどないけど、なぜかこの腕の強さを知っている。


 この腕は味方だ。そう確信する。

 嘘のように安心した。


「もう大丈夫だから……」


 その言葉に体中の緊張感がほぐれる。

 この人が言うなら大丈夫……。


「志岐くん……」


 なぜこんなところにタイミングよくいるのか分からない。

 でも、確かにいるのだ。


 安心したら足の力が抜けていった。

 自分で立っているのかどうかも分からない。


 ただ、強く強く抱き締められていた。


「お守りは?」

 耳元で志岐くんが尋ねる。


「お守り? あ、衣装に着替える時にはずして……」


「そうか……」

 抱き締められたまま志岐くんを見上げると、前方を睨みつけていた。


『またあなたなの? ホントに嫌な男ね。私の邪魔ばかり……』


「約束しました。もう彼女に関わらないと……」


『ふふふ。そうだったわね。あなたが約束を果たしたのだったわね』

「……」


『約束の内容は彼女に教えてあげなくていいのかしら? ふふふ』


「約束?」


 聞き返す私を志岐くんはチラリと見て、少し動揺したようだった。

 しかしすぐに険しい顔で前方を見据えた。


「言いたければ言えばいい。でも彼女の体は渡さない」


『……。ふん! つまんない男……』


 捨てゼリフを吐いて、すっと気配がなくなった。


「ほうっ」と志岐くんが安堵の息を吐いたのを耳元に感じる。


「あの……志岐くん……」

 まだ抱き締められたままだった。


「大丈夫だった? どこも変なところない?」

 離すどころか更に強く抱き締められる。


「あ、うん。大丈夫。あの……もう離してもらっても……」


「うん。ごめん……」

 志岐くんは、ようやく腕を解いて離してくれた。


「あの……約束って……?」


「いやこっちの話だから……。イザベルには関係ないから気にしないで」


 そう言われて思い出した。


 なんだか真音に戻った気分だったが、私は今イザベルなんだった。

 じゃあ、抱き締められたのはイザベル?


 なぜだか心がチクリと痛んだ。

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