第115話 おばけ屋敷の撮影①

 それは『ヴァンパイアの古城』というおばけ屋敷だった。


「ここは暗くてあまり衣装が映えないので楽しそうな雰囲気だけを撮りますので、皆さん普通に楽しんできて下さい。ただし、イザベルのカップルだけは、クライアントさんから念入りな撮影を注文されてますので、各所で撮っていきます」


 編集部の人の説明で前の3組のカップルは、きゃあきゃあ言いながら、カメラマンと楽しそうに入って行った。


「なんで俺らだけ別撮りなんだよ。……ったく」

 大河原さんが、またふて腐れてる。


 マダム・ロココめえ。


 絶対、棺おけとか十字架とか墓場とかの背景で撮ってくれって言ったんだろう。

 おばけは苦手なのに……。


 特に心霊番組事件以来、いつ憑依されるかと思うと緊張するのだ。


「おばけより、暗闇でイザベルの白塗り見た方が怖いっての」


 確かに。

 自分の顔が見えなくて良かった。


 こんな禍々まがまがしい顔の女とおばけ屋敷に入る大河原さんが少々気の毒だ。


「お前、なるべく俺の方見ないでくれよ」

「ど、努力します」


 本当のカップルだったら、辛すぎる言われようだ。


 やがて3組のカップルが楽しそうに出てきた。

 亜美ちゃんは半べそ状態で、志岐くんにしがみついている。

 中で、胸きゅんのシチュエーションがあったに違いない。


 ああ。怖がる彼女を守るナイトのような志岐くんを見たかった。

 くそー、マダム・ロココめえ。


「じゃあイザベル組、入ります」

 撮影スタッフ全員引き連れ入場だ。


 おばけ屋敷に力入れすぎだぞ、マダム・ロココ。



◆     


 そんなイザベル組がおばけ屋敷に入るのを心配そうに見ている人物が一人。

 

「……」


「何見てんだ? あの様子だとしばらくかかるだろうから、ロケバスに戻って休憩しようぜ、志岐」

「御子柴さん……、俺はここに残るから戻ってて下さい」


「残る? なんでだよ。撮影もないのに寒空の下で待つことないだろ?」

「でも……ちょっと心配で……」


「心配? 誰を? 大河原さんか?」

「いえ、イザベルが……」


「イザベル? そういえばちょいちょい話しかけに行ってるけど、本気で気に入ってるのか? あの子はよせよ。夕日出さんの彼女だぞ」

「夕日出さんがまねちゃんと約束してた日に一緒にいたんですよね」


「そうだよ。まねちゃんを追い返して彼女とレストランにいたんだ」

「やっぱり……」


「は? なにがやっぱりだよ」

「いえ、とにかく、俺は残りますから、御子柴さんは行って下さい」


「変なヤツだな」


 用のない者がロケバスで休憩する中、志岐はひとり不安そうにおばけ屋敷を見つめていた。


 やがて「ぎゃああああ!!」という叫び声が聞こえると、中に向かって駆け出していた。



◆     


「なんだよ、うるせーな。今悲鳴上げるとこじゃないだろ?」

 大河原さんは、何もないところで悲鳴を上げる私を迷惑そうに振り返った。


「す、すみません。なんだか背中を撫ぜられたような気がして……」


「怖い顔で怖いこと言うなよ。後ろから悲鳴を浴びせられた俺が一番怖いっての」


 撮影スタッフは墓場のツーショットを撮り終え、先に棺おけの間での撮影のセッティングに向かってしまった。


「すみません……。あの、少しの間だけ腕を持たせてもらってもいいですか?」


「……。仕方ないな。ほれ」


 大河原さんは右腕を持ちやすいように私に向けてくれた。

 なんだかんだ言って、優しいところもある。


「ありがとうございます」

 私は大河原さんの右腕を持って、前後左右を警戒しながら進んだ。


「なんだよ。震えてるのか? 見かけに寄らず怖がりだよな」

「寒いのか怖いのか、もうよく分かりません。あっ!!」


 私はまたしても妙な気配を感じ、身をひるがえし大河原さんを楯にするようにして前に立ちはだかった。ちょうど向かい合う形になってしまった。


「……。何を怖がってるのか分かんねえけど、お前ホントに身のこなしが軽いな。忍者みたいな動きだぞ。なんかスポーツやってたのか?」

「はい。陸上を。それに殺陣たての練習を最近やってましたので」


「殺陣? へえ、イザベルって女優もやってんの?」

「はい。ほんの少しだけですけど……え?」


 突然、大河原さんが私のアゴをくいっと持ち上げた。


 え? これが噂のアゴくい?

 いやいや、ここでなぜ?


「イザベルって最初は白塗りでドン引きしたけど、綺麗な顔立ちしてるよな。あれ? もしかしていいんじゃないか?」


「? 何の話ですか?」


「うん。ゴスロリってのも斬新でいいかもしれない」


「だから何の話を……」

 言いかけたところで、私は固まった。


 なぜなら……。


 背後でふふふ……と嗤う女の声を聞いたからだ。


 まさか、この声は……。


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