第110話 ゴスロリ再び

「あの……なぜ、またこんなことに……」


 夕日出さんとのディナーから一週間後に、私はまたゴスロリ服を着ることになってしまった。


 ポップギャルの撮影が突然入ったのだ。


 今日は黒に赤や青の原色が入った、ごてごてフリフリドレスだった。

 頭には見たことがないぐらい大きなリボンのカチューシャをつけられた。

 青目と茶髪カツラで、ちょっとシックなアリスといういでたちだ。


「マダム・ロココがあと2ページ追加して欲しいって言ってきたのよ」

 メイクはまた石田さんが来てくれた。


「マダム・ロココ?」


「ああ。このブランドの名前、兼クライアントさんの名前ね」


 あの腰ふり子ネズミおばさんか。


「なべぴょん超ラッキーかもよ。マダム・ロココってすごい資産家の令嬢でね、趣味で立ち上げたブランドだけど、とにかく資金力が半端ないから。他のティーン雑誌でも2ページずつ参入するらしいけど、モデルはポップギャルの子が気に入ったって、本格的に毎月ページをくれって言ってきたらしいわ」


「え? 毎月ですか?」


「しかもマダム・ロココのページのメインはなべぴょんにしてくれって」


「そ、それは……」

 喜ぶべきことなのか……。


 今日も死体のようなメイクになっている。


「あらあら、やっぱりよく似合ってるわ。えっと……お名前なんだったかしら?」

 マダム・ロココがまた撮影途中に腰を振りながらやってきた。


「なべぴょんです。なべぴょん、これからお世話になるからご挨拶して」


 その横には敏腕女性編集長まで来ていた。

 私の撮影に立ち会うのは初めてだ。

 どうやら、よほどの上得意様になったらしい。


「か、神田川真音です。よろしくお願いします」

 私は促されるままに、ぺこりと頭を下げた。


「神田川? なんでなべぴょんなの?」

 マダム・ロココが首を傾げる。


「なんで……だったかしら?」

 編集長も首を傾げた。


 いや、そっちが勝手に呼び始めたんじゃないですか。


「でも、そうねえ、なべぴょんは良くないわ。私のブランドのイメージが崩れるわね」

 マダム・ロココは険しい顔で考え込んだ。


「うちのモデルはみんなあだ名で紙面に紹介しているんですが、この子はまだ新人だからどんなあだ名にしてもいいですよ。変えましょうか?」


 編集長はもみ手でマダム・ロココに愛想をふりまく。


 こらこら、人のあだ名をなんだと思ってるんだ。


 まあ……なべぴょんに未練はないが……。


「この子は……そう! 決めたわ! イザベル! イザベルがぴったりだわ!」

 マダム・ロココが叫んだ。


 イ、イザベル……?


 私のあだ名はどこに向かっていくんだ。

 誰か反対してくれい!


「まあ! 素敵ですねマダム・ロココ。では今日からイザベルにさせて頂きます」


 こらーっ!! 

 りこぴょんとか亜美ぴょんとかばっかりなのに、浮き過ぎだろうがああ!


 私の心の雄叫びも虚しく、イザベルで決定してしまった。


「じゃあイザベル。今月から週に一回は撮影に来てもらうことになるから忙しいわよ。あとでスケジュールの調整をしましょう」


「は、はい……」


 すでに御子柴さんのマネージャーとして生きていく心づもりだったのに、えらいことになってしまった。


「他のページにも入れるところがあればどんどん入れてちょうだい。当分はポップギャルを中心にやっていくから」


「ありがとうございます! マダム・ロココ、このあとランチの席を……」

 編集長とマダム・ロココは話しながら行ってしまった。


「イ、イザベル……さん……」

 後ろから呼ばれて振り向くと、佐野山カメラマンが立っていた。


「イザベルさんのおかげで僕も仕事が増えました。ありがとうございます」

 どうやらマダム・ロココはすべて佐野山カメラマンが担当するらしい。


「私もゴスロリ担当になったからよろしくね」

 メイクの石田さんもいつも来てくれるらしい。


 マダム・ロココ、いったい幾ら払ったんだ。

 気心の知れた人に担当してもらえるのは嬉しいけど……。


 嫌な予感しかしないのは私だけだろうか……。

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