第109話 御子柴さんとの未来

「信じられないヤツだ、あの野郎」

 御子柴さんが珍しく怒っている。


「自分から誘っておいて彼女連れて来るってどうなんだよ」

 怒っている相手は、もちろん夕日出さんだった。


 今日は田中マネの運転で次のサッカードラマのための役作りの一環としてコーチを受けに行くところだった。ハードな一日になるだろうから、私が立てた食事メニューでサポートするために付き添うことになった。


「昨日の彼がプロ野球に行く夕日出隼人はやとか。なんかすごい彼女連れてたよね」

 田中マネが運転しながらミラーごしに答えた。


「美人は美人かもしれないけど、ファッションがぶっ飛んでましたよね」

 御子柴さんが肯く。


 皆様、それは私です……とは、もう言える状況ではなかった。


 田中マネには私が女だということはさすがにもう話していたが、ゴスロリを着ているとまでは思ってないだろう。 


「まねちゃんももっと怒った方がいいよ。二度とあいつとは出掛けるなよ」


「は、はあ……。出来れば私もそうしたいです」


「でも、あの子誰だろ? 夢見学園の子かな? あんなゴスロリファッションの子なんかいたかな?」


「ど、どうでしょう……」


「そういえばまねちゃん、ポップギャルの撮影はどうだったの?」


 私はぎょっと青ざめた。


「ど、どうとは……?」


「もういい加減まねちゃんの載ってるポップギャルが出てる頃じゃないの?」


「は、はあ。先日見本誌が置いてありましたが……。実は虫メガネが必要なサイズのカット一枚でして……」


 私の写真はことごとくボツになったらしい。


 亜美ちゃんや他の新人モデルは、新規加入と大々的に紹介されていたのに、私は端の隅っこに読モ扱いで載っただけだった。

 どうやら無かったことにしてフェードアウトされるっぽい。


 来月のダイエット体操は読モが体験というタイトルに変更になったとか……。

 やはり私ごときが生き残れる世界ではなかった。


 そしてゴスロリ服だ。

 もはや私の黒歴史として、静かに消し去りたい。


 来月号でさっそく四天王として巻頭を飾る志岐くんとは大違いだった。


「ポップギャルのことはもう聞かないで下さい……」


 しょんぼりとうな垂れる私に、御子柴さんは夕日出さんへの怒りもどこかへ行ったらしい。


「まねちゃんは俺の専属マネをやればいいさ。大河原さんのアクション映画とかも、誘われてもやらなくていいよ」


 まだその話、気にしてたんだ。


「いえ、誘われてもないですし、出来ませんから」


「『乱闘ボーイズ』だっけ? 大河原くんの映画のタイトル。丹下たんげ監督だったっけ? あの監督も厳しいことで有名だからね」

 田中マネが思い出したように言った。


「ええ。剛田監督とアクションの両雄と言われてますよね」


 そうなんだ。

 剛田監督と並んで称されるって、絶対関わりたくない。


「俺も一度は丹下作品に出てみたいなあ」


 御子柴さんは仕事には貪欲どんよくだ。

 今の立場に慢心せずに努力するところは本当に尊敬出来る。


 このサッカードラマに向けて、朝晩のトレーニングも徐々にハードにしているらしい。筋肉の引き締まり具合で分かる。 


 練習場に着いてサッカーウエアに着替えると、本当の選手じゃないかというぐらい自然だった。元プロ選手だったというコーチにいろんな技術を教えてもらっていたが、その飲み込みの良さは、コーチも驚くほどだ。


 きっと、すでに自分で研究して、イメージを作っていたのだろう。

 シュートもヘディングもうっとりするほど絵になる。


 汗だくで戻ってくる御子柴さんの水分補給と食事の管理。

 それに筋肉をほぐすマッサージ。

 とてもやりがいがあった。


「少し上半身もほぐしておきましょう。足を使うので下半身にばかり気を遣いがちですが、案外上半身の方が負担がかかってることもあります」


 マットの上に寝そべる御子柴さんの背中を揉みほぐす。

 スポーツ選手じゃないのが勿体無いような、いい筋肉がついている。


「御子柴さん、朝晩相当トレーニングしてますよね。スポーツ選手並ですよ。ここまでしなきゃダメなんですか?」

 それでなくても忙しいのに、手を抜くということをしない人だ。


「ホント言うとさ、俺って気が小さいんだよ」

 御子柴さんは寝そべったまま呟いた。


「気が小さい?」


「この間の主役ドラマの視聴率は、あまり良くなかった。たぶん俺のファンがお情けで見てくれただけのような気がする」


「視聴率?」


「数字が悪いと、それは主役の俺の責任になる」


「でも……ドラマを見るかどうかなんて、ファン以外はストーリーで決めるじゃないですか。演技力も大事かもしれないけど、脚本家やプロデューサーの方が責任は重いんじゃないですか?」


「世間はそうは見ない。視聴率が悪いのは主役に魅力がないからだと捉えられることが多い。今度のドラマも視聴率が悪かったら、俺は視聴率を取れない俳優のレッテルを貼られる」


 厳しい世界だ。


 カリスマアイドルと言っても、まだ高校2年生の17才だというのに、主役の責任を背負わなければならないのだ。


「脇役をやってる頃の方が楽しかった。演技だけに集中できた。今は……やれる準備を全部やってないと不安でたまらない」


 トップを余裕でひた走るカリスマアイドルと思っていたが、トップに立つ人間だからこその重圧といつも戦っているのだ。


 何でもさらっとこなしてしまうから気付かなかった。

 本当はすごい努力の人なのかもしれない。


「まねちゃん、夕日出さんのトレーナーになったりしないでくれよ」

 唐突に御子柴さんが言う。


「え? なりませんよ」


「どんな形でもいいから、俺のそばにいてくれ。マネージャーでも共演者でも恋人でもいい。俺のそばにいてくれるなら、どれでも受け入れる」


「マネージャーと共演者は分かりますけど、恋人はダメでしょう。弱気になって早まってはいけません」


「はは。結構本気で言ったのにな」


 御子柴さんはごろりと横になって頬杖をつきながら私を見つめた。

 ちょっと気弱になってる御子柴さんも素敵だ。


「一生志岐を好きでもいいよ。俺のそばにいてさえくれたら……」


 ドキリとした。

 その言葉が素直に嬉しかった。


 御子柴さんのマネージャーとして生きて行く。

 それは、徐々に現実として実感できる未来になりつつあった。



 ……そう思っていたはずだったのに……。

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