第108話 オオカミ対サムライ 再び
「御子柴さん……」
呟く私に気付いて、夕日出さんもそちらを見た。
そういえば、今日はCMのクライアントさんと会食だとスケジュール表に書いてあった。田中マネと長い横文字のレストランに行く予定だったが、この店のことだったんだ。
「ははっ、おもしれえ」
夕日出さんは何か思いついたように、にっと笑った。
「お前、そのまま人形みたいに黙ってろよ」
「え? ちょっ……何するつもりですか?」
「おい!! 御子柴!!」
私が止めるヒマもなく、夕日出さんはよく通る声で御子柴さんを呼んだ。
すぐに田中マネと御子柴さんが、こちらに振り向く。
(ヤ、ヤバい……)
私は思わず下を向いた。
いや、何がヤバいのか何がダメなのかは分からないが、とにかくまずいと思った。
とりあえず、ゴスロリ真音をこれ以上知り合いに知られたくなかった。
「夕日出さん……?」
御子柴さんは夕日出さんに気付いて立ち止まった。
「誰? 知り合い?」
田中マネが警戒するようにこちらを見ている。
「俺の彼女紹介するから、ちょっとこっちにこいよ」
夕日出さんは、大物御子柴さんを右手で手招きした。
御子柴さんはチラリと私を見て首を傾げる。
そして、何かに気付いてむっとした表情になった。
「すみません、田中マネ。学校の知り合いなので、ちょっと先に行ってて下さい」
「え? 学校の友達? 一人で大丈夫?」
「はい。すぐに行きますから」
大人達と別れて、ツカツカとこちらに向かってきた。
食事中の客が、きゃあきゃあと騒いでいる。
いや、挑発に乗らないで下さい、御子柴さん。
ホント、時々子供になるんだから。
「よお。おっさんだらけでディナーかよ。気の毒にな」
「夕日出さんこそ、今日はまねちゃんと食事の予定だったんじゃなかったんですか?」
やはり……と思ったが、御子柴さんも私だと気付いてない。
「ああ、
夕日出さんは意味深にチラリと私を見た。
「やっぱ彼女とのデートを優先することにした。俺の彼女すげえ美人だろ? 羨ましいか?」
御子柴さんは私に視線を向けたようだが、私は慌てて俯いた。
「……」
気付いた? バレた?
「まねちゃんはどうしたんですか?」
良かった。気付いてないようだ。
「あ? 真音? あいつならもう帰ったよ。俺が彼女を連れてきたもんだから、信じられない! 夕日出さんのバカ! ってな」
ぎゃあああ。嘘ばっかり言わないで下さい夕日出さん。
「絶対嘘ですよね。まねちゃんの口調じゃないです」
さすが御子柴さん。私を見抜いてますね。
「なあ、それより俺の彼女どう? すげえ可愛いだろ? こいつを本命にしようと思うんだ。どう思う?」
「別に……好きにすればいいじゃないですか。俺の知ったことじゃありません」
そりゃそうだ。
「はは。じゃあ彼女と付き合っても文句言うなよ?」
夕日出さんは可笑しそうにほくそ笑む。
「は? 俺がなんで文句を言うんですか? くだらない。そんなことで呼び止めたんですか! とにかくこの彼女と付き合うなら、まねちゃんにちょっかいかけるのはやめて下さい」
「うーん。それは微妙な話だけど、ま、この彼女一筋にするさ。いやあ、お前に会えて良かった。じゃあもう用は済んだ。行っていいぞ」
夕日出さんは、追い払うようにしっしっと右手を振った。
いや、仮にもカリスマアイドルだぞ。
レストラン中の人が目をハートにして見つめているレジェンドだぞ。
よくもこんな失礼な態度が出来るものだと、私は血の気が引いた。
また掴み合いにでもならないかと思ったが、そこはさすがに御子柴さんも大人になった。むっとしたように一睨みして行ってしまった。
「も、もおっっ!! なんてこと言うんですか!」
御子柴さんの去ったテーブルで私は夕日出さんに小声で怒った。
「ははっ! あいつも全然気付かなかったぞ。本当は真音だって知ったらどんな顔するんだか。今から言いに行ってやろうか」
「ちょっ……やめて下さい! もう今更名乗れないですよ!」
「ははは。でもこれで俺とお前は御子柴の公認になったな。堂々と付き合えるぞ」
「何の公認ですか! もう冗談ばっかりやめて下さい」
夕日出さんって結局本当は御子柴さんのことが好きなんじゃないかと思う。
この人って好きな人ほど、ちょっかい出して意地悪したくなるんだ。
嫌いな人には逆に無関心で話しかけもしないだろうと思う。
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