第106話 夕日出さんとのディナー②

「大丈夫か?」


 大柄な夕日出さんに睨まれて、酔っ払い達は正気に戻ったのかすごすごと去って行った。


「は、はい。ありがとうございます」

 良かった。夕日出さんが来てくれて。


「これ、取り返したけど……」

 夕日出さんは黒いチョーカーを手に持っていた。


「あ、良かった。じゃあ、ちょっと後ろで結んでもらってもいいですか?」


 私が言うと、夕日出さんは驚いたように目を丸くした。


「え? お、俺が?」


「? はい」


「いや、でも俺でいいのか?」


「はい。お願いします」


「そ、そこまで頼まれたらしょうがねえなあ……」

 なぜだか頭を掻いて真っ赤になっている。


「えっと、頭に巻けばいいのか? おでこか?」

 

 いや、それハチマキですから……。


「首です。首の後ろでリボン結びにして下さい」


「お、おう。そうか、分かった」


 夕日出さんは私の背後に回ってぎこちなくリボンを結んでいるようだ。


「うわ……細っこいなあ、苦しくないか? あ、ちょっともう一回……」

 えらく時間がかかっている。


「あの、もうちょっときつく締めて下さい。ゆるゆるですよ」

 

「え? そうなのか? うわ、こええ。首絞めてしまいそうだ」


「あの……」


 大丈夫だろうかと、私は背後の夕日出さんを見上げた。

 5センチの厚底靴でも、まだ見上げる高さだ。


 目が合うと、夕日出さんはぼっと火が出るくらい真っ赤になった。


 え?


 なに? この反応は?



「あ、ちょっと不恰好だけど、出来たよ」

 そう言って照れたように、私から離れた。


「あの……」

 まさかと思うが、もしかして……。


「あんたも誰かと待ち合わせ? 俺もロビーで待ち合わせてんだけど、おっせえな、あのバカ。俺様を待たせるつもりじゃないだろうな」


 いや、そのバカはもう目の前にいますけど……。


「ま、いいか。こんな美人と出会えたんなら」


 まさか、今わたくしを美人と言いましたか?


「いや、俺ゴスロリ服の女って苦手だと思ってたけど、あんたはいいな。そのクールビューティーな感じがすげえ好みだよ」


 夕日出さん、守備範囲広すぎです。


「あ、モデルさんかなんか? 良かったら名前を……」


 ナンパですか?

 それ以上しゃべらない方がいいですよ。

 後で死にたいほど後悔しますから……。


「夕日出さん……」


「え? なんで俺の名前知ってんの? あ、もしかして野球好きの人?」


「夕日出さん、私です」


「私? え?」


 夕日出さんはじっと私を見つめたが、まだ分からないようだ。


「もう! 真音です! 神田川真音!」


「え?」


 怪訝けげんな表情で私を見つめる。


 まだ脳のシナプスが反発し合って結びつかないようだ。

 そしてようやく……。


「ええ――――っっ!!!」



 夕日出さんはそのまま一分ほど絶句した。

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