第105話 夕日出さんとのディナー①

「すみません、佐野山さん。ホテルまで送ってもらって」


「いや、通り道だからいいですよ。ボロ車で申し訳ないですけど」


 子ネズミおばさんの言うがままに着替えた私は、自分の着てきたコートがどう考えてもこのゴスロリ服に似合わないことに気付いた。


 だいたい、この恰好で電車に乗る勇気がなかった。


「僕、今日は車で来てるんで、良かったらホテルまで送って行きますよ」

 そう言ってくれた佐野山さんの好意に甘えることにした。


 ディナーが終わったらホテルのトイレで元の服に着替えて帰るつもりだ。

 いや、出来たら今すぐ着替えてしまいたい。

 これなら自分のネルシャツにジーパンの方がマシなんじゃないかと思った。


 しかも顔が……。


「あの……やっぱりこのメイクで行くのはどうかと思うんですけど……」


 ほんの少し白塗りを落としたものの、目の縁の隈取りと、付け睫毛に赤い口紅は健在だ。

 しかも青のカラコンとショートボブのカツラまでかぶっている。

 ここに子ネズミ帽子までかぶせようとしたが、それだけは断固拒否した。


「まあ! わたしのブランドの服はこのメイクがあってこそよ! すっぴんなんて許さないわよ!」


 クライアントを怒らせては大変と、石田さんも味方にはなってくれなかった。


「都心にはいろんなファッションの人がいますから。大丈夫ですよ。僕はとても美しいと思いますよ」


「正直に言って下さい、佐野山さん」


「いえ、本心ですよ」

 佐野山さんはミラーごしに苦笑した。


 まあ、夕日出さんだからいいか……。


 志岐くんには絶対見せたくないけど、夕日出さんならドン引きしながらも付き合ってくれそうだ。これで二度とディナーに誘おうとは思わなくなるだろうし。


 ホテルに着くと、フロントに私の服の入ったボストンバッグを預けて、待ち合わせのロビーに向かった。


 ロビーには座り心地の良さそうなソファーセットがいくつかあったが、全部人が座っていた。


 妙に混んでいる。


「いんやー、綺麗な花嫁さんだったべ」

「うんにゃ、ええ式じゃったあ」


 顔を真っ赤にした酔っ払いがぐでんぐでんになって騒いでいる。

 どうやら結婚式の披露宴が終わったところらしい。

 すっかりご機嫌で出来上がってる田舎から来た親戚のおじさんの山だった。


 よほどいい式だったんだろう。

 私はロビーの隅に立って待つことにした。


 パーティードレスの女性も大勢いて、あまり目立たなくて良かった。


 ……と思っていたのだが……。


「おんやあ? こんなとこに人形が置いてあるぞ」

 頭にネクタイを巻いたおじさんがふらふらと私に近付いてきた。


「こりゃまた都会っちゅうとこは人形も綺麗だがや」

 別のおじさん達まで寄ってきた。


 いや、人形みたいですけど生きてますから。


「写真撮っとかんにゃあいけんぞ……どれ……」

 おぼつかない手先でポケットから携帯をとり私に向ける。


「あ、あの……」


「おおっ!! 動いとおよ! 生きとるばい!」

「ほんまか! 姉ちゃん人間か」


 いや、皆さん方言ほうげんがお互いに混じってすごいことになってますけど……。


「わし、腕組んでもらおっと」

 酔っ払いおじさんが一人、私の腕を取った。


「ひゃっ!!」

 酒臭い。気持ち悪い。


「おお、写真じゃ、写真」

 そして携帯を構えてパシャパシャ撮り出した。


「ちょっ……」

 都会が珍しいからってハメ外し過ぎだろ。


「お、ねえちゃん首が締まっとおよ。ほどいちゃろう」

 おじさんの一人がチョーカーのリボン結びを引っ張って取ってしまった。


「あ、ちょっと、それは……」


「綺麗な紐じゃなあ。記念にもらっとくべ」


 何の記念だ! 結婚式の無礼講は自分達だけにしてくれ!


「か、返して……」


 あわてて私が手を伸ばすより早く、大きな手がチョーカーを持つおじさんの腕を掴んだ。


「おい、おっさん! いい加減にしろよ! 困ってるだろうが」

 

 そこに立っていたのは……。


 

 夕日出さんだった。

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