第104話 ゴスロリ真音、降臨

「じゃあ、無表情のままこちらを睨みつけて下さい。いいですね。そのさげずむような視線。次はちょっと怒ったように斜めから尊大に。ああ、巧いです」


 佐野山カメラマンが褒め上手なのか、私が悪役顔が得意なのかは分からないが、撮影は思った以上に順調だった。途中で入ってきたクライアントさんも満足気に見ていた。


 なぜクライアントだと分かったかと言うと、ゴスロリ服を身につけたおばさまだったからだ。


 フリルは抑え目にシックなパンツルックだったが、頭には子ネズミ帽子がのっていた。


「あら、無名のモデルって聞いたけど、いいじゃないの」


 ちょっとふくよかなお尻を振りながら、私の回りを一周した。


「パンツルックの衣装も着せてみて。ああ、カツラはシャープなショートボブにしてね」


 今度は黒いフリル付きの膝までのパンツにタキシードのような上着だった。

 黒いステッキを持って、場末のマジシャンのような姿だ。


「ま! 中性的で素敵じゃないの! あなたお名前は? 気に入ったわ」


「なべぴょんです。新人モデルなんです」

 石田さんが代わりに答えた。


 いや、私には神田川かんだがわ真音まおとという名前が……。


「なべぴょん。あなた暇なら私のショップで働かない? 時給は他の店員の倍出すわよ」


「いえ……学校もありますので……」


 ショップって、絶対ドクロとか棺おけとかが置いてあるような店だろう。

 しかも毎日この白塗りをされたんじゃたまらない。


「あら、学生なの? 若いのねえ。良かったらこの後、夕食を一緒にしない?」


「いえ、あの先約が……」


 そういえば何か衣装を借りるつもりだったけど……。

 いや、ありえない。

 こんな衣装で現れたら夕日出さんもさすがに引くだろう。


「あの……石田さん、ホ、ホテルでの会食に着ていけるような衣装はありませんか? 何か貸して頂けたら嬉しいんですけど……」


 夕日出さんとの待ち合わせはホテルのロビーだった。

 そのホテルの最上階のレストランを予約したらしい。

 見栄っ張りな夕日出さんらしい。


「ホテルの会食? 困ったわねえ、衣装は買取りしか出来ないのよ。別室の撮影の衣装もあるけど、やっぱり買い取ってもらうことになるわ」


「そ、それは……高いですよね」

 とてもじゃないが買える値段じゃないだろう。


「あらあら、じゃあ私がなべぴょんに衣装をプレゼントするわよ」


 クライアントの子ネズミおばさんが機嫌よく声を上げた。

 なんかえらく気に入られたようだ。

 でも、ゴスロリ服はいらないんだけど……。


「で、でも……、ホテルの会食にはちょっと……」


 やんわり断ろうとする私を置いて、衣装のかかったハンガーパイプに腰を振りながら向かう。


「私のブランドはフォーマルでも通用するわよ。ほら、これなんかどうかしら?」


「い、いえフリルがそんなにあるのは……」


「まあ! あなたフリルが似合うのに」


 言われたことありません。


「仕方ないわねえ。じゃあこっちはどうかしら?」


 それはこの中ではずいぶんフリルを控えめにした、修道女が着るような黒のワンピースだった。まだこれならまともかもしれない。

 普段なら絶対選ばないが、もはや感覚が麻痺していて分からなくなっている。


「靴下はこれね。ヘッドドレスはこの黒薔薇がついたのがいいわ。ああ、黒のパラソルを持つかしら?」


 持たないです。絶対イヤです!


「いえ、なるべくシンプルなのをお願いします」


「しょうがないわねえ。じゃあ首が淋しいから黒のチョーカーをつけましょ。これはゆずらないわよ」


「わ、分かりました」


 黒いリボンを首の後ろで結ぶらしい。

 先にすごいものを見せられると拒絶感が薄れるのが不思議だ。

 

「靴はこの10センチの厚底がいいかしら?」


花魁おいらん道中みたいになるのでやめて下さい」



 子ネズミおばさんは仕方なく5センチの厚底で許してくれた。

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