第103話 ポップギャルの撮影

佐野山さのやまさん!」


 久しぶりの撮影にはダイエット体操の撮影で会った佐野山カメラマンが来ていた。しかもメイクは一番巧いと言われている石田さんだった。


「なべぴょんさん! また会えて嬉しいです!」


 中肉中背で、ボサボサのおかっぱ頭はおたく臭がするが、たぶんいい人だ。

 でもなべぴょんさんって……。


「この間のダイエット体操の写真が良かったからページを一つ任せてもらえたんです。なべぴょんさんのお蔭です」


 とても謙虚な人だ。


「じゃあもしかして、私が呼ばれたのって……」


「はい。モデルを指名させてもらいました。今日は見開き2ページだけ、モデルはなべぴょんさんだけです」


 ……と言っても同時進行で別室でりこぴょん達メインモデルの撮影もあるらしい。だからメイクに石田さんがいたのだ。


「うふふ。私も立候補したのよ。なべぴょんってメイクで大変身するでしょ? やりがいがあるのよね」


 石田さんはさっそく私をメイクルームに座らせ、準備を始めた。

 もうすでに朝一番で他のモデルのメイクは済ませてきたらしい。


 そして……。


 メイクを……。




「あの……ちょっとこれ……」


 私は出来上がりを見て、真っ白になった。

 いや、頭の中もだが、顔もだ。


「し、白過ぎないですか?」


 陶器の人形のように真っ白の肌に、目は黒く縁取り、唇は妙に赤い。

 しかも目には青のカラコンを入れられた。

 病的というか狂気というか……ものすごく不健康だ。


 在りし日のガングロチョコポッキーは、白塗り人形になってしまった。


「ああ、言ってなかったっけ? 今日はゴスロリファッションの新ブランドの紹介ページだから」


「ゴ、ゴスロリとは……」


「あら知らない? ほら、衣装はあれよ」


 石田さんの指差す壁には、黒のフリフリふわふわ、ごてごてブリブリの不思議の国のアリスも着るのを躊躇ためらうような衣装がかかっていた。


「あ、あれは部屋の背景に飾る衣装かと思ってましたが……」


 部屋に入った時から目にはついていたが、とても人が着るものには思えなかった。撮影用の装飾品だと思っていた。


「嫌あねえ。なべぴょんが着るのよ。きっと似合うわ!」


「まったくもって……自信がありませんが……」


「さあさあスタイリストさんが来たわ。早く着てみて!」


 私は白塗りオバケの顔のまま着替えの一区画に連れていかれ、呆然としたままいろんな小物まで装着された。


 小物が多過ぎる。


 スカートの下にはパニエとかいう美味しそうな名前の下穿きを履かされ、ちょうちんブルマみたいなのまで履かされた。衣装そのものもフリルの山に埋もれてしまいそうだったが、衝撃は膝上まであるレースの黒ハイソックスだ。


 なんだこれは!!!


 私が一生履くはずもなかった代物しろものだ。

 なんでこんなことに……。


 衣装を着終わると、茶髪を大きくカールしたカツラを被せられた。


 何人なにじん

 いや、いつの時代の人?


 そして極めつきに頭の上に小さな帽子を乗せられた。

 子ネズミがかぶるサイズだ。


 もはやここに世間一般の常識などないのだと、すべてを諦めた。

 もう、どうとでもしてくれ……。


「靴はこれね」


 すべてをゆだねた私に渡されたのは、黒のてかてかのエナメルでできた10センチの厚底の、編み上げの靴紐付きのものだった。


 もはやなにも言うまい。


 すべてを身につけて鏡の前に立った私は、禍々まがまがしい人形のようだった。悪の館に置いてあるような、毎夜血をすすってそうなあれだ。


 いや、どれだ!!


「わああ! イメージ通り!! 素敵だわ」

 

 イメージ通りなんだ。

 私には一生ファッションのことは分からないだろうと思った。

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