第102話 メンズボックス四天王の現在 

「え? 夕日出さんと?」


 御子柴さんはその名を聞くなり不機嫌な顔になった。

 この二人はどこまでいっても犬猿の仲らしい。

 オオカミとサムライは相容れることはないのだ。


「夕日出ってあのプロ野球に行く? 魔男斗まおとって知り合いなのか?」


 聞いたのは大河原おおがわらさんだった。

 今日はメンズボックスの撮影で、今回も四天王が集まっている。


「でも男同士で高級ディナーってどうなの? ちょっと変じゃない?」


 廉くんは最近ますます言葉遣いがおねえになってきている。

 この二人はまだ私を男だと信じていた。


「え? もしかして夕日出ってそっちの趣味か?」


「あの人は気に入ったら何でもありなんだよ。なんでそんな誘いに乗ったりしたんだよ」

 御子柴さんが珍しく怒っている。


「な、なんか行かないと納得しそうになかったんで……つい……」


「お洒落しゃれして行く必要ないからな」

 御子柴さんは不満そうに言葉を荒げた。


「なんで魔男斗がお洒落して行くんだよ。お前なに怒ってんの?」

 大河原さんの言うことが最近まともだ。


「おい、志岐も黙ってないでなんとか言え!!」

 御子柴さんは涼しい顔で本を読んでいる志岐くんにも怒鳴った。


「え? お、俺は魔男斗がいいんなら別にどうこう言う立場じゃないんで……」


「立場じゃなくてお前の気持ちはどうなんだ!」

 御子柴さんはいらいらと続けた。


「俺の気持ちですか? 別に夕日出さんは悪い人じゃないんで心配してませんけど。せっかくなんで美味しい物をご馳走になったらいいと思います」


「お前は……」

 言いかけて御子柴さんは、こいつはダメだと諦めたようだった。


 私の憑依事件で少し様子のおかしかった志岐くんだが、何があったのかすっかり平常に戻っていた。


 平常というのは、基本的に私のことなど関係ないという無関心の態度だった。

 ……というのも志岐くんは今、それどころではなかった。


 オーディションを受けまくって結構仕事を取ってきたのもあるが、このメンズボックスの撮影に仮面ヒーローの撮影、その上琴美ちゃんのお兄さん役のドラマも入って、多忙を極めていた。


 まだメンズボックスの雑誌一冊しか世間には出ていないが、水面下でどんどん仕事が増えていたのだ。今日もこの後、ドラマの顔合わせらしい。


 志岐くんは再び視線を落とすと、ドラマの原作本を読み始めた。


『本を読む時の正しい姿勢』というマニュアル本があれば、巻頭カラーで載りそうな完璧な姿でページをめくる。


 少し目にかかるサラサラの茶髪に、字を追って前後する切れ長の甘く吊った瞳。

 鼻筋は高すぎず通って、何と言ってもエラからアゴに向かうラインが芸術的だ。

 均整のとれた体は、正中線が真っ直ぐ通って、おそらく今も朝晩のトレーニングはおこたってないだろうと想像出来る。


 いつ見ても美しい。


「なに?」


 生きた芸術が私に問いかける。


「え?」


「いや、じっと見てるから、なにか用かと思って……」

 志岐くんは困ったように苦笑した。


 しまった。

 あまりに美しくて、垣間かいま見るのを忘れていた。


 この頃の私は、少々志岐くんの近くに居過ぎて図々しくなっているようだ。

 気をつけなければ。


 男だか女だか分からない変なストーカーが付き纏っていると思われたら、志岐くんの芸能生活にも支障が出るかもしれない。


「あ、あの、忙しそうだけど体調管理は大丈夫?」


 志岐くんはこれだけ過密な仕事が入ってきているのに、いまだに小西ダメマネージャー1人が管理していて、寮の部屋も下階のままだった。


「ああ。野球をやってた時の方が肉体的には何倍もきつかったから。全然余裕だよ」


 それは私も同じだった。

 忙しい、大変と言っても、やはり体力に余裕がある。


「そういえばさあ、俺の映画の相手役の女の子、結局降板したよ」


 大河原さんは思い出したように話を変えた。


「あのボーイッシュな元カノですか? 大河原さんがいびってやめさせたんですか?」

 御子柴さんは最近大河原さんに結構言うようになった。


「バカ言うなよ。そりゃあ陰ではいろいろ愚痴ってたけど、女の子をいびるほど陰険な男じゃない」


 そう。

 口は悪いし女関係は少々ゲスで仕事に貪欲どんよく過ぎるところはあるが、仲良くなってみるとそんなに嫌な人じゃなかった。


「ヤンキー同士の抗争みたいな映画だからさ、アクションもあるんだけどさ、あまりに出来なくて監督にダメ出しされて、もう出来ないってなったみたいなんだ。ボーイッシュな見た目だから出来るのかと思ったら全然でさ。おまけにすぐ泣いて誤魔化すとこだけ女らしくて、がっかりだよ」


「じゃあどうするんですか?」


「今、アクションの出来る女の子を探してるよ。誰か知ってる子いないかな?」


 はっと、御子柴さんと志岐くんが同時に私を見た。

 しかしあわてて二人とも視線をそらした。


 どうやらやって欲しくないようだ。


 いや、出来ませんから。

 そんな映画のヒロイン級の仕事なんて……。

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