第四章 ゴスロリ編

第101話 夕日出さんのお誘い

「え? キャンプ?」


「おお。そうよ。10日ほどプロ野球チームのキャンプに参加させてもらうんだ。だから来月頭から10日間朝食はいらないから」


 いまだに続いている夕日出ゆうひでさんへの朝食配達で、いつものように玄関先で雑談していた。


 社長は何人か食事トレーナーを紹介したらしいが、結局まだ納得できるトレーナーは見つかっていないらしい。このまま卒業まで見つからない気がする。


 まあ、あと二ヶ月ほどのことだからいいけど……。


 慌ただしい日々のうちに年が明けてしまっていた。


「俺がいなくて淋しいだろうがお土産買ってきてやるから我慢しろよ」


 少し伸びすぎた前髪を最近オールバックにしているせいか、さらに艶が出て来た夕日出さんは、こんな俺様発言も様になってしまう。


「私が淋しがる理由が見つかりません」


 そして私は少し伸びた髪を再びショートに切りそろえて、相変わらずダサめのトレーナーとジーンズで、一見すると男と間違われることも多い。


 あっさり答えて朝食代金を回収する私に、夕日出さんはため息をついた。


「あんたさあ、毎日こんないい男と話して、ときめいたりドキドキしたりってないわけ?」


「わたくし日々、御子柴みこしばさんという超絶イケメンと過ごしておりますので、すっかり免疫がついてしまったようです。残念ながらまったくありません」


「くそっ! 御子柴か! ほんとムカつく男だな」


 夕日出さんは私の持ってきた朝食のおにぎりを頬張りながら悪態をついた。


「もう、行儀が悪いですね。ちゃんと部屋に戻って食べて下さいよ。私はもう行きますから」


「ああ、待てって。これから本題なんだ」


「本題?」


 私は頭一つ分高い位置にある夕日出さんを見上げた。


「キャンプ行く前にさ、日頃のお礼を込めて高級ディナーをご馳走してやるよ」


「高級ディナー? 別にいいですよ。代金ももらってるんですから」


「代金ったって、全額御子柴の経費の金に補填ほてんしてんだろ? 黙って自分のふところに入れとけばいいのに、生真面目というか何というか……」


「材料費を頂いたところに返しているだけです。一ついい加減にすると、ずるずる横流ししてしまいますから」


「それだと結局ただ働きさせてることになるじゃん。俺が納得出来ないんだよな」


「夕日出さんが気にすることじゃありません。私が納得してるんですから」


「あーもうっ! 俺が納得出来ないって言ってんの。だからディナー!! ご馳走するから来いっ!!」


 脅迫に近い迫力で命令された。


「で、でもディナーって……。じゃあ近所のラーメン屋さんでいいです」


「俺が嫌だって言ってんの! 女の子へのお礼がラーメンってなんだよ! 超かっこ悪いだろ! フルコースディナーだ!!」


 こんな喧嘩ごしのお礼ってどうなんだ。


「おにぎり頬張って言ってる段階ですでにかっこ悪いじゃないですか」


 おにぎり頬張りながら高級ディナーに誘われる女ってどうなんだ。


「と、とにかく今週の土曜日だ。夜なら空いてるだろ?」


「その日は……久しぶりにポップギャルの撮影の日です」


 御子柴さんのマネージャーはお休みにしてもらった。

 すでに干されたと思っていたポップギャルから、突然仕事が入ったのだ。


「夜には終わるだろ?」


「はあ、まあ。朝からだからたぶん……」


 行ったところで、他のモデルの待ち時間が長いだけで、自分の撮影はほんの数カットしかないだろうと思う。


「念のため言っておくが、ジャージで来るなよ」

 夕日出さんは、前例を思い出して一応念押しした。


「そうは言っても、わたくしジャージ以外は男のような恰好の服しか持ってないんですけど」


「モデル撮影の後なんだろ? なんか衣装貸してもらえよ。メイクも落とさずに来たらちょうどいいじゃん」


「はあ、なるほど……。じゃあ頼んでみます」


「よし、決まりな!」


 ほぼ強引な感じで、夕日出さんとディナーの約束をしてしまった。

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