第99話 仮面ヒーロー撮影
「お守り袋を作ってみました」
私は志岐君に首から提げていた大きめのお守り袋を出して見せた。
どうやら私は霊に憑依されやすい体質らしく、魔除けのお札を住職にもらった。
私は昨日、またお寺の中で憑かれたらしく、何故かセーターを脱ぎ捨て、畳に寝転がっている状態で目覚めた。
うっすら志岐君に謝りながら抱き締められたような感触が残っていたが気のせいだろう。志岐君が私に謝ることなど何もないのだから。
謝るのは私の方だ。
たぶん昨日も餓鬼になって腕に噛み付こうとしたに違いない。
「しばらくは肌身離さず持ってるように言ってたからね。それはいいよ」
志岐君は穏やかに微笑んだ。
もう私を見ても目を逸らさなくなった。
その上、少し大人びたような気がする。
「今日はいよいよクランクインですね」
仮面ヒーローの撮影が今日から始まる。
実際にはプレクランクインといった感じだ。
主役達が登場する本当のクランクインは年明けからだが、その前に剛田監督の希望で、悪役のシーンを先撮りすることになった。
「それにしても悪の首領ゼグシオって気の毒な人だったんですね」
物語は異世界に暮らす王子ゼグシオが側近の一人に裏切られ、クーデターによって追い詰められてゼグロスと共に逃げ出すところから始まる。
住人たちは、異世界に咲くマッチョの実を食べるとマッチョマン兵士になるという、とんでも設定だ。
このマッチョの実を持ち込んだおかげで、地球でもゼグシーマッチョ団を作ることが出来るというわけだ。
今日の撮影では裏切り者の側近が送り込んだマッチョ軍団に襲われる中、命からがら逃げ出すシーンが撮られる。
後にゼグシーマッチョ団になる兵士とは別人だが、もちろんスーツアクターの中身は同じ顔ぶれだった。
都内のスタジオに入ると、私と志岐君はすぐに特殊メイクをするため、メイクルームに押し込められた。
私はショートボブのカツラをかぶされ、目の周りをパンダのように黒く縁取られ、黒い口紅を塗られた。そしてSMの女王のようなつやつやの服とショートパンツに膝上までの黒のロングブーツ姿で、マントを羽織った。
鏡の前に立ってみて、これが私と気付く人間はまずいるまいと腕を組んで尊大に肯いた。
ゼグシオの志岐君はもっと大掛かりな衣装らしく、なんか大勢に囲まれて塗ったり貼ったりされてるようだ。
先にスタジオに入って、マッチョ軍団との殺陣を確認することにした。
「おっ? ゼグロスってそういう衣装なのか?」
剛田監督はスタジオに入ってきた私を見て一瞬驚いた顔をした。
まあ、私も今日までこんな衣装とは知らなかった。
……というかたぶん昨日慌ててドンキ〇ーテで買ってきたんじゃないかと思う。
「女みたいだな、おい」
ん?
今なんか変なこと言いましたか?
いや、気のせいだろう。
私達は一ヶ月近くも共にレッスンで過ごしてきたんだ。
今更そんなはずはない。
僅かにあるセリフの確認と、殺陣をやってみた。
ブーツに高いヒールがあるおかげで、マッチョ軍団に背丈は近付いたが、不安定で動きにくい。
そもそもヒールの靴なんて履いたこともなかった。
マントも邪魔だ。
衣装を着けると思ったように動けない。
その点マッチョ軍団は黒い覆面を被って視界は悪いかもしれないが、黒タイツにかかとのない黒ブーツだ。あとはキーキー言ってればいいだけだ。
完全にこっちが不利だ。
ちょっと練習しただけで三度も転んだ。
剛田監督は怒るかと思ったが、動きにくそうにしている私を見て妙に満足げだった。
そして、そのスタジオに突如、波のような感嘆の声とため息が吹き込んできた。
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