第98話 覚悟 (三人称)
「選ぶ?」
霧子さんは四つ目のボタンで手を止めた。
中の下着と柔らかな膨らみが少し見えて、志岐は慌てて目をそらした。
「私に愛情たっぷりの極上のキスをしてちょうだい。そうしたら出て行ってあげてもいいわよ。どうせもうすぐ、この体から追い出されるんだろうしね」
「そんなこと……出来ません」
「じゃあ、このまま脱ぐわよ」
「ちょっ……待って下さい!」
「住職が来るまで時間稼ぎをしようって思ってるんでしょ? そうはいかないわよ」
霧子さんは再びボタンをはずし始めた。
「ま、待って下さい。分かりました!」
「ふーん、キスしてくれるの?」
「それで本当にまねちゃんから出て行ってくれるんですね?」
「いいわよ。でもそれがどういうことか分かってる?」
霧子さんはからかうように
「この子が自分で脱いで自分で誘惑したのなら、あんたはただの被害者よ。でも自分からキスしたなら、あんたは憑依されたのをいいことに、弱みに付け込んだ卑劣な加害者でもあるわ。だって、あんたはちゃんと自分の意志でキスするんだから」
志岐は青ざめた顔で霧子さんを見つめた。
「先に言っておいてあげるわ。この子の性格からして、真実を知ったなら、必ずショックを受ける。あんたはこの先その十字架を背負って生きていくのよ」
「……」
「ふふふ。ほうらね。男ってみんなそう。女が自分の重荷になりそうになったら、すぐに逃げ出すの。綺麗事を並べたところで、結局自分が大事なのよ」
霧子さんは五つ目のボタンに手をかけた。
志岐はその手をぐいっと引き寄せた
そして……。
「!!!」
衝動的だったのかもしれないし、悩みぬいて出した答えなのかもしれない。
自分でもどっちだか分からない。
ただ、気付いた時にはキスしていた。
唇が触れ合うだけの軽いキスじゃなかったのは、極上のキスをしろと要求した霧子さんに応えたのかもしれないし、ただ自分の気持ちがそうさせたのかもしれない。
もしかしたら本当に憑依されたのをいいことに便乗した卑劣な感情だったかもしれない。
きっと他にも選択肢はあった。
しかし自分は
この数日、真音のことばかり考えてしまっていたのも事実だ。
その唇を見るたび心臓が跳ねて押さえられなかった。
好きなのかもしれないし、ただそういう年頃なのかもしれない。
すべてが不確かで自分でもよく分からない。
自分の感情をコントロールするのは得意だと思っていた。
こんな訳の分からない感情に
でも自分は行動をおこしてしまった。
自制心で止められなかった。
それがすべてだ。
だったら……。
「ごめん、まねちゃん。勝手なことして」
唇を放し、力いっぱい抱き締めた。
「絶対誰にも言わない。まねちゃんに気付かれないようにする。俺の心の中だけの秘密にする」
霧子さんは本当に出て行ったのか、真音はまた意識を失っているようだった。
「でも……でも、もしもいつか……。いつか知ってしまうことがあったなら……」
「まねちゃんが望む通りにする」
二度と目の前に現れるなと言うなら、二度と近付かない。
責任をとってくれというなら、どんな責任もとる。
そして、事実を知った時、まねちゃんが失望しないような男になる。
絶対なる!!!
まねちゃんが悲しまないような男になるから……。
だから……。
どうか……。
許して欲しい……。
◆
「おやおや、どうも遅かったようだね。すまなかったね」
意識を失った真音を抱き締める志岐を見て、住職が謝りながら部屋に入ってきた。
その能天気な声に腹が立った。
もっと早く来てくれていれば、こんなことにならなかった。
自分はこんな負い目を背負うことなどなかった。
自然と睨むように見上げていた。
「これはずいぶん怒らせてしまったようだ」
やはり呑気に頭を掻いている。
「どれ、気がつく前に服を元に戻してあげなさい。勘付かれてしまうよ」
志岐は無言で怒りを表現しながら、なるべく見ないようにしてボタンを留め直した。
「どうやら霊はもう出て行ってしまったようだね。よほど手酷く男に振られた女性だったんだろうね。送ってあげたかったが……」
住職は真音の額に手を乗せて肯いた。
「だったら、どうしてあと五分早く来てくれなかったんですか!」
たまらず責めた。
「そう怒るんじゃないよ。世の中というのは不思議に出来ていてね。その五分を私はどれほど急ごうとしても、早めることが出来なかったんだよ。運命とはそういうものだ」
「運命?」
「私はこの五分、君たちの運命に関わることを止められてしまった。そうは思わないか?」
「言ってる意味が分かりません」
ただの遅れた言い訳だと思った。
「この五分間に起こった出来事はすべて必然だったんだよ」
「必然?」
「そう。そしてその出来事を幸せな未来に
「俺次第?」
「君が今の出来事をどう捉え、どういう覚悟で生きていくのか。この子が大事なら全力でその覚悟と向き合いなさい」
「……」
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