第96話 事故 (三人称)

「なにやってんだよ!」

 御子柴の口調が責めていた。



 そして誘惑に負けそうになっていた自分が後ろめたかった。


 ずんっと真音を掴んでいた両手に重みが増した。

 両手を掴まれたまま気を失っている。


「今のが憑依された霊か?」

 御子柴が続けて問いかけた。


 志岐は、どのぐらい前から見られていたのかと動揺を隠せないまま、真音の体を背から支えた。


「はい……。黒闇霧子さんと名乗ってました」


「御祓いしてもらったんじゃなかったのか」

「インチキ霊能者だったみたいです」



「……」



 二人の間にしばしの沈黙が流れた。


 おそらく御子柴は自分と、この霧子さんの間に何があったのか、かなり正確に分かっていると志岐は感じていた。


 でも決して認める訳にはいかない。

 そして御子柴も認めて欲しくなかった。


 だから結論だけを言った。


「事故だ。お前さえ認めなければ、すべては無かったことだ。そうだな?」


 そう言って志岐の腕の中で眠る真音の、はずれたボタンを留め直した。


「はい。何もありませんでした」

 志岐は、もう一度決意を固めて宣言した。


「ちゃんとした霊能者に、もう一度御祓いしてもらえるよう社長に頼んでおく」


「お願いします」



 真音が目を覚ました後でいろいろ尋ねたが、二人はもう二度とこの話題に触れなかった。





◆      


「あの……。忙しいのについて来てもらってごめんなさい、志岐君」


 二日後、私と志岐君は仮面ヒーローの練習を休んで放課後電車に乗っていた。



 最近の志岐君は、手持ちの地味な服装でも、すれ違う女性達がほとんど振り返るほどイケメンオーラを発散するようになっていた。


 車内の女子高生達がさっきからチラチラこちらを見ている。


「気にしなくていいよ。一人で行かせるのは心配だし。本当は御子柴さんも来るって言ってたんだけど、どうしてもスケジュールの都合がつかなかったみたいだよ」


 社長命令で、電車で二時間かかる有名なお寺で御祓いを受けるように言われた。



「あの……私また何かしたんですか?」


 メンズボックスの撮影の時も意識を失った。

 そして今度は御子柴さんまで何も答えてくれなくなってしまった。



「……」


 無言の志岐君に不安が募る。



「言ってもショック受けない?」

 初めてまともな返事をしてくれた。


「う、うん! 分からない方が不安だから」


 すごい暴言を吐いていようが、裸踊りをしてようが、知らないよりマシだ。






餓鬼がきだと思うんだ」


「がき?」


「たぶん飢えて死んだ霊だよ。ものすごく食べ物に執着して、その辺にあるもの何でも食べようとしたんだ。それこそ机でも椅子でも地面の土でさえも……。それから俺の腕にも噛み付こうとした。だから、ごめん。止めようとして腕を強く掴んだから、少し青アザになってるね」



 そう。


 知らない間に両手首に青アザが出来ていた。

 少しだけ痛みもあって気になっていたのだ。


「それで……」

 ようやく納得出来た。


「そうだったんだ。ごめんね、志岐君」

「俺の方こそ強く掴んでごめん」


 どれぐらい凶暴に噛み付こうとしたのか分からないが、とりあえず何をしたのか分かったのでほっとした。裸踊りよりはマシだと思うことにした。

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