第95話 霧子さん再び (三人称)
「あれ?
メンズボックスの撮影が終了して、ユメミプロの3人は同じ送迎車で学園の寮まで送ってもらうことになった。
そして車に乗り込もうとしたところで
「さっき余った軽食をもらって帰るとか言って編集部の人について行きましたけど」
志岐は喜んで控え室に向かう真音を見ていた。
どの部屋にいるか、だいたいの見当はつく。
「俺呼んできます」
正直、いま真音と二人になるのは気まずい。
だが、ここは一番後輩の自分が行くべきだ。
ついさっき衝撃の事実を聞いた。
いや、真音にとって二日前の事故がファーストキスだろうとは想像がついていた。
しかしファーストキスの相手と結婚したいという願望を持っているとは思わなかった。
結婚についてなんてまともに考えたこともなかった。
遠い未来のことだと思っている。
別に嫌だとか重いとか思っているわけではない。
単純に想像がつかない。
でももし真音が事実を知って傷つくなら、自分はどういう選択をすべきなのか。
バカがつくほど生真面目なこの男は、考えねばならないと思っていた。
絶滅危惧種に指定してもいいぐらい、今どき珍しい
真音は思った通りケータリングの軽食が置いてある控え室に一人で立っていた。
手にビニールの袋を持って、余ったお菓子やおむすびを詰めていたようだ。
「魔男斗、車でみんな待ってるよ」
「……」
なぜか真音は背を向けて突っ立ったまま返事もしない。
「魔男斗?」
近付いて腕を軽く引いた。
振り返ってゆっくり自分を見上げる瞳に、志岐はドキリとした。
既視感が蘇る。
この瞳は前に出会っている。
「恭平……」
「まさか……霧子さん……?」
やはり……と思ったが、あの霊能者は全然御祓いなど出来ていなかった。
潤んだ瞳で見上げる真音に、志岐はバカみたいに鼓動が跳ねることに慌てた。
「キスして、恭平……」
この展開も予測出来た。
「ダ、ダメです! 出来ません!」
かぶる勢いで否定する。
「どうして? 私を嫌いになったの?」
涙を浮かべて自分を見つめる姿が、食堂で突然泣き出した真音の姿に重なる。
無理もない。
中身が違っても同一人物なのだから……。
「そうじゃありません。この体はまねちゃんのものなんです。まねちゃんの意志がないのにそんなこと出来ません!」
「黙っておけば分からないわ。前のキスだって気付いてないんでしょ?」
「だからって事実を消すことは出来ないんです。頼むからまねちゃんを傷つけないで下さい」
「なあに? キスぐらいで大袈裟ねえ」
「お願いです。まねちゃんの体から出て行って下さい」
懇願するように頭を下げた。
「なによ! そんなにこの子が大事? だったらキスぐらいしたらいいでしょ?」
霧子さんは少しむっとした顔になった。
「出来ません!」
「じゃあキスしてくれたら出て行ってあげるわ。それならいいでしょ?」
「……」
一瞬返事を
しかしすぐに頭を振る。
「ダメです。出来ません!」
「なによ! つまんない男ね!」
つまんない男と呼ばれようがどうしようが、これ以上真音の知らないところで秘密を作りたくなかった。
他人がこの子を傷つけるのを許せない自分が、自らの手で傷つけるようなマネなど絶対したくなかった。
「じゃあいいわ。キスしたくなるようにしてあげる……」
霧子さんは勝ち誇ったように言うと、真音の着ていたネルのシャツのボタンに手をかけた。
そして……。
上から順番にはずし始めた。
「!!! な! なにしてんですかっ!!!」
志岐は慌ててその両手首を掴んだ。
二つはずしたシャツからは、僅かに真音の地味な色合いの下着が見えていた。
その地味さが、余計に真音らしくて、霧子さんではなく本人を意識してしまう。
かっと体が熱くなった。
自分は理性の強い男だと思っていた。
分別もつけば、自制心も強い方だと……。
しかし高校一年生。
思春期真っ盛りでもある。
その誘惑は自分が思ったよりも、ずっと
(ヤ、ヤバイかも……)
自信がなくなってきた。
この誘惑に負けてしまうかも……。
「志岐!!」
しかし、背後からかけられた声に、ギリギリ我に返ることが出来た。
「御子柴さん……」
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