第94話 ファーストキス
「キス……」
昼食を食べ終えたテーブルで、突然何の脈絡もなく発せられた御子柴さんの言葉に、志岐君は飲んでいたお茶を吹き出した。
「ゴホッ! ケホッ!」
「おい、大丈夫か、志岐? 御子柴も突然口に出す言葉じゃないだろ? なに言ってんだ」
大河原さんが大人だ。
「……したことある? 志岐」
御子柴さんは構わず続けた。
「な、な、なにを突然……」
志岐君は珍しく動揺している。
「高1なんだから、普通にあるんじゃないの? 僕はりこぴょんと出会った中3が初めてだったけどね」
廉君は聞かれてもないのに答えた。
「俺は中1だぞ。クラスで一番可愛い女の子だった」
大河原さんも得意げに答えた。
み、みなさん早いですね……。
「志岐は?」
御子柴さんは真っ直ぐ見つめる。
私も少しばかり聞いてみたい。
ことと次第によっては、私の妄想の幅も大胆に広がることになるのだ。
「ありません!」
志岐君は御子柴さんから目をそらした。
「嘘だな」
間髪入れず御子柴さんが畳み掛けた。
「な、なんでそんなこと分かるんですか!」
「分かるよ。しかもつい最近だよな? この2・3日とか?」
断定するように御子柴さんは問い詰めた。
「か、勝手に決め付けないで下さい!」
「じゃあ、魔男斗の目を見て、キスしてませんって言ってみろよ」
「な!!!」
志岐君は私を見てから火を噴きそうなほど真っ赤になって俯いた。
え?
そこで何故私が出てくるの?
この中で辛うじて女子だから?
「え? 最近キスしたんだ、志岐。お前彼女いたのか?」
「誰? りこぴょんも知ってる子?」
「……」
志岐君は頭を抱えて無言になってしまった。
そ……。
そうなんだ……。
彼女いたの?
まったく気付かなかった。
もしかして亮子ちゃんとそこまで発展してたのか?
これは私の妄想劇場も大幅に修正しなくては……。
(あれ?)
ほんの微かに胸がチクリと痛んだ気がした。
気分が急降下するように沈むのはどういう了見だろう。
志岐君がこんなに真っ赤になるほど大事に想っている相手なのだ。
ファンの一人として心からの祝福を捧げるべきなのに……。
「魔男斗は?」
「え?」
心の中を見透かされたように御子柴さんに問いかけられて、はっと顔を上げた。
「魔男斗はキスしたことある?」
なんだ。
まだその質問続いてたんだ。
むしろほっとした。
「あるわけないじゃないですか」
「じゃあ、今したらファーストキスになるんだ」
「はあ、まあそうですね」
なぜか向かいの志岐君がズンと落ち込んだ気がする。
「魔男斗ってファーストキスの相手が今、目の前に現れたらどうしたい?」
「結婚します」
即答した。
「えっ?!!」
全員が驚いたが、一番驚いたのは志岐君だった。
「なに? お前って純愛とか信じるタイプ?」
大河原さんが呆れたように尋ねた。
「でも僕も魔男斗の気持ち分かるよ。僕も絶対りこぴょんと結婚しようと思ってるもん」
廉君はバカな分だけ一途だ。
「いえ、わたくしとキスしようなんて殊勝な人はおそらく人生に一人ぐらいだと思うので、数少ないチャンスを逃さずハッピーエンドに持ち込みたいと思っているだけです」
「お前それは早まり過ぎだろう。心配しなくても、お前みたいな中性系の男って最近モテるから、出会いはいくらでもあると思うぞ」
大河原さんは男だと思っているから、そう忠告した。
「それでなんで志岐が落ち込んでんの?」
御子柴さんが責めるように言うので志岐君を見ると、テーブルに突っ伏して一人だけ深刻な空気を漂わせていた。
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