第93話 志岐君の隠し事②

「なんですか? 御子柴さん」


 パーテーションのすぐ裏に志岐君の声が聞こえてきた。

 御子柴さんが言った通り、壁一枚隔てたすぐそばに立っているらしい。


「あのさ、この間の心霊番組でまねちゃんが憑依されたって聞いたんだけど……」


 直球だ。


 無駄が無いです、御子柴さん。



「……」



「まねちゃんに聞いたんですか?」


「うん、そう。それで憑依されてる時にお前に何かしたんじゃないかって、まねちゃんがえらく気にしてるからさ。何があったのかと思って」


「……」



「何もありません」


 一瞬間があったが、すぐに否定した。


「なんだよ。俺には隠しごとすんなよ」


「隠しごとなんかしてません」


「武士の霊だって? 落ち武者か?」



「……武士の霊じゃありません」


「え? 違うのか? じゃあ何の霊?」



「あれは間違いなく女性でした」


「女性? お前顔が赤くなってないか?」


「な、なってません!」


「おい、すっげえ気になってきたぞ。言えっ!!! 何があったか全部吐け!!」


「い、言いません!!! 絶対言いません!!」


「言えないようなことか! おい、教えろ!」


「放して下さい! 何もないですから!」


「いーや、絶対何かあっただろ!」


「ちょっと衣装を掴まないで下さい。破れますから!!」



 なんかつかみ合いになってるみたいだ。

 大丈夫だろうか。


 それより女性の霊だったとは知らなかった。

 てっきり武士の霊が志岐君に高飛車に怒鳴りつけたかなんかだろうと思ってたのに。


◆      


 結局、何も聞き出せないまま、御子柴さんまで不機嫌になって、険悪なムードでランチタイムを迎えることになった。


 今日は編集部の近所で人気のカツ丼の店から出前をとっていた。

 私は年齢が近いということで、モデル4人と一緒にテーブルを囲んで食べることになった。


 私の隣に御子柴さん、その向こうに廉君。

 向かいに志岐君と大河原さんが並んで座った。


 とっても気まずい。



「今度は御子柴と志岐が喧嘩してんのか? なんだよ、めんどくせーなあ」

 大河原さんは迷惑そうにカツ丼を頬張った。


「御子ちゃんってあんまり怒ったりしないのに、珍しいよね」

 廉君はポリポリと沢庵たくあんをかじった。


「なんか、すみません……」

 私はカツ丼も喉を通らず、チビチビと口に入れていつまでも咀嚼そしゃくし続けた。


「魔男斗のせいじゃない。志岐が悪い」

 御子柴さんはやけくそのように食べている。


「御子柴さんのせいでブランドの衣装が破れて、買い取れと言われました」

 志岐君は相変わらず見事な箸使いで、表情の見えない顔のまま豪快に食べている。


 どうやら結構な掴み合いになったらしく、ウン万円のブランドジャケットが破れたらしい。

 二人とも、編集部の人に怒られていた。




 神、御子柴さんは時々幼児になる。




「俺が買い取るって言ってるだろ!」

「いいです。俺の衣装ですから」


「俺が買い取るから質問に答えろ!」

「いいですから答えません」



「なんなんだ? 落ち着けよ二人とも」


 痴話喧嘩をする二人を前に、今日は大河原さんが大人に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る