第89話 心霊番組⑤

 10分ほど無言の時間が過ぎた。


「何か変な気配とかない?」

「はい。特には何も……」


「うーん、これじゃ番組にならない。何か出てくれないと」



 何に出ろって言うんですかあ!

 その何かが出た時、責任とってくれるんですかああ!


 私は一人はらはらと、何事も起こらないように手を組んで祈り続けた。


 その時モニターを見ていたスタッフの一人が「おっ!」と叫んだ。


「どうした?」

 全員がモニターを覗き込む。


「ここ、見て下さい。白い玉のようなものが浮かんでいます。オーブじゃないですか?」


 オーブ?


 見ると、画面の上の方に白くて丸い光の影のようなものが浮かんでいる。


「おお! 死者のたましいぢゃ。間違いない」

 霊能者が自信満々に答えた。


「あっ! 見ろ、動いた!」


 光の影はゆっくり移動して、なんと志岐君の方に向かっている。


「ぎゃあああ! 志岐君が! 志岐君が!」


 私はたまらずディレクターの腕を掴んで揺さぶり回していた。


「早く誰か助けに行って下さいっ!!」


「ちょっと待て! 見てみろ!」

 ディレクターの指差す画面を全員がぐっと近付いて見入った。

 



「見てる……」




 そう……。



 志岐君の視線が完璧に左横に迫るオーブをとらえていた。


 やっぱりさっき黒い影を追ってたのも見間違いじゃなかったんだ。



 み、見えてる?



 志岐君に睨まれると、オーブは小さな生き物のように後ずさりして、すっと消えた。



「……」



 全員が唖然としている。



 し、退しりぞけた……。


 オーブを退けたんですね……。



 志岐君、さすがです。



「おい、見ろ。今度はこっちだ」

 今度は反対側にオーブが現れた。


 そしてゆっくり志岐君に近付く。



「あっ!!」



 志岐君は落ち着いた動きで視線を反対に向けた。



 み、見ている……。


 完全に……。



 見られたオーブはすごすごと下がって、また消えていった。



「な、何者だ! 彼は!」

「すごいぞ、これは!」

 スタッフ達は感心して画面を見つめた。


「じ、じゃあ、これでもうれ高OKですね。早く志岐君を迎えに……」


「うわっ! 何だこれ?」

 また誰かが叫んだ。


「うわあっ! これはマズいぞ!」


「な、何ですか!!」


 私はディレクターを押しのけモニターを覗き込んだ。




 そこには……。



 ロッキングチェアーの中から徐々に広がる黒々した影が……。




 ぎゃああああ!!!!

 ヤバイやつきた!

 ヤバイやつきた!



 志岐君があああ!

 志岐君がとり憑かれるううう!!!




「だ、誰かっ! 早く助けに行って! 志岐君が! 志岐君があああ!!」

 私はディレクターの襟を掴んで締め上げていた。


 そうしている間にも黒い影はどんどん広がりチェアーの上に人型を作るように膨れ上がっている。


「わあああん! 誰か早くうう!!」


 私は半泣きになっていた。

 それなのに誰も動こうとしない。

 目の前の光景が信じられないように、全員が呆然とモニターを見つめているだけだ。


「わああ――ん! もういいです! 誰にも頼りません! 私が助けに行きます!!」


 私は叫ぶと長距離ランナーのトップスピードで玄関を入り、1階を駆け抜け、階段を駆け上り、奥の部屋まで1分もかからずに辿り着いた。



 バンッ! とドアを開いて部屋に飛び込む。



「まねちゃん?」

 志岐君は黒い影を見ていたらしい視線を驚いてこちらに向けた。


「志岐君危ない! その椅子から離れて!」


 すでに黒い影は人型に整いつつあった。

 手を伸ばすように志岐君に影が近付く。



「やめてええええ!!!」


 私はジャンプして志岐君と黒い影の間に体を滑り込ませた。



「まねちゃん! 何やってんだよ!」


 志岐君が慌てて止めようとした時には、黒い影は私の体を捉え、水が滲み込むようにじわじわと全身に流れ込んでいた。




 ふふふ……と誰かが笑ったような気がした。




 意識はそこで途切れた。

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