第86話 心霊番組②

「じゃあまず、柳君、志岐君、アイドルの由美ちゃん、カメラマンの4人で洋館の中を1階から順に歩いて撮影してきて。ここでモニターチェックしてるから」


 ディレクターはじめスタッフは、前の庭に準備したテーブルにモニターを何台も並べて、そこから指示を出すらしい。


 アイドルの可愛い女の子もさっき到着した。


「2階の右奥が一番幽霊情報が多い場所だから、最後に行って見せ場を作ってよ。何も起こらなかったら、声が聞こえるとか誰かの気配がするとか適当に作ってもらっていいから」


 や、やらせですか……。


「まあ、気配なんてどうせ見えやしないんだから、大袈裟に騒げばこっちのもんだ。何か映ればラッキーぐらいのもんなんで、後は皆さんの演技力にかかってんですからね。そこのところ忘れないようにね」


 え、演技力ですか……。なるほど。


 すっかり日が沈んだ暗闇の中で、ディレクターはモニター前に置かれたパイプ椅子に座り、その周りをスタッフやタレントのマネージャーが取り囲んで収録が始まった。


 私は一番後ろに立っていたが、垣間見ることにかけてはプロ中のプロだ。

 絶好の定位置を見つけてモニターを凝視していた。


「洋館の周りに結界を張り巡らせたのぢゃ」

 隣りに立つ霊能者が得意気に呟いた。


「霊達は今、洋館の中に閉じ込められておる。きっと何か映るぢゃろう」


 あんた御祓いしてたんじゃなかったんか!

 余計なことをしやがってえええ!


 ディレクターの前のモニターには懐中電灯を持って洋館を進むタレント三人の後ろ姿が映っていた。


 志岐君は背が高くてカメラの視界を防ぐため、必然的に先頭を歩かされていた。

 茶色の猫毛は、今日はアイドルの子が連れて来たヘアメイクさんに簡単に整えてもらっただけなので、少し寝ぐせがついたままになっていた。


 こんな時でもかわいい……。


 三人はそれぞれイヤホンをつけていて、こちらと会話出来るようになっている。


「ちょっとリアクション薄いよ。もっとしゃべって」

 ディレクターから指示がとぶ。


「うわー、怖い怖い! 絶対なんかいる感じやん!」

「きゃああ! やめて下さい柳さん!」


 柳君とアイドル由美ちゃんがカメラワークを気にしながら会話を始めた。


「このドア開けんの? うわああ、オレ嫌やあ。由美ちゃん開けてやあ」

「嫌です! 出来ないですう!」


「じゃあ志岐頼むわあ!」

「ここですか?」


 志岐君は我が家のリビングを開けるように開いた。



「……」



 ダメだ。


 志岐君の安定感はみんなに安らぎを与えてしまう。

 志岐君がいるだけで、みんなの恐怖心が半減してしまっていた。


「なんだ、あのタレントは! 落ち着き過ぎて心霊番組にならんだろ!」

 モニター前のディレクターが不機嫌になっている。


「おい、でかいヤツ! もっと怖がれ!」


 ディレクターに指示されて、志岐君は困ったように茶髪に隠れた五百円ハゲを撫ぜた。


 怖くないものを怖がれといっても難しい。

 そもそも志岐君って怖がる顔をしたことあるんだろうか?


「うわああ、階段上がるん? 怖い、怖いて。志岐、先に行ってや」

「お願いします、志岐さん」


 志岐君は二人に押されるようにして階段を上り始めた。

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