第82話 ゼグシオとゼグロス

「おいっ! へたくそっ! 何やってんだ」


 剛田監督は一日一回は長テーブルを蹴飛ばす。


 私はその都度つど片付けるのが日課になっていたが、さすがにそろそろ学習してきた。みんなの荷物は隅の床にかため、ペットボトルはきっちりフタをしめて回った。


 コン コロ コロ コロ


 ペットボトルが幾つか転がったが、それを拾い集めるだけなら随分楽だ。

 もはや片付け係担当となった私が涼しい顔でテーブルを元に戻すと、珍しく監督が私を見ていた。


 このところずっと無視されていたから、ドキリと心臓が跳ねる。


「おい、お前は確かナンバー2のゼグロス役だったな」

「は、はい……」


「さっぱり役立たずのナンバー2って必要なのか? 中島Pも何考えてんだ」


 ま、まさか、それはつまり……。


 最近はいよいよ高度な練習になって、ゼグシーマッチョ団とは別に、ヒーロー側のスーツアクターも練習に加わり、倍の人数になっていた。


 今回のヒーローは分身を増やせる設定らしく、主役の大井里君と同じサイズの少し小柄なスーツアクターが十人増えていた。


 練習はいつもゼグシオの志岐君をヒーローの分身十人が攻撃するパターンと、ヒーロー役の一人にゼグシーマッチョ団が攻撃するパターンの二通りが中心だった。


 ……となると、役立たずのナンバー2は遠巻きに見ている時間が増えていた。


「2対10でやってみるか」

「え?」


「ゼグシオ、ゼグロス対ヒーローの分身だ」

「は、はい!」


 良かったああ。

 降板の話じゃなかった。



「それにしてもゼグシオ。お前、殺陣たては巧いんだが、平然とし過ぎて臨場感が足りないんだよ。もっと危機感を漂わせられないのか」


 いつも冷静な志岐君には一番難しい注文だ。


「よし、じゃあゼグロスはゼグシオの後ろにつけ。背を守る感じだ」

「はい!」


 私は志岐君と背中合わせに立った。

 周りは小柄だが、私よりは背が高い男達。


 中に立ってみると、すごい威圧感だ。

 敵に囲まれるって演技でも怖い。


「まねちゃん、無理しなくていいから」

 志岐君が小声でささやいた。


「だ、大丈夫です。少しでも志岐君のお役に立てるよう頑張ります!」


「怖いと思ったら逃げていいから」

 志岐君はもう一度囁いた。



「はじめ!」


 三手受けて一撃で倒すの連続だ。

 マッチョに慣れたお蔭で、小柄なヒーロー達はまだ受けやすい。

 しかし二人から同時に攻撃されるパターンはほとんど練習していない。


「わ、わ、いたっ!」


 あっちもこっちも防いでいたら、三手目をもろに脳天チョップでくらった。 

 そして倒せないまま、次の敵まで増えた。



 ぎゃああああっ!!!



 三人が迫ってくる。

 もう誰を防いでいいかも分からない。





 ごめんなさい、志岐君。




 早くもゼグロスは殉職じゅんしょくです。



 両腕で顔面を隠して覚悟を決めた。


 しかしその瞬間、ふわりと空気が揺れて、顔前に陰が降った。



 ガシッ!! ドガッ! ガスッ!!


 

 志岐君が私を庇うように前に立ち、最後の蹴りを決めた所だった。


 安心したのも束の間、今度は志岐君側の敵が襲い掛かってきた。

 志岐君は身をひるがえし今度はそちらを仕留めた。


 私を軸に志岐君が前にいったり後ろにいったりして、結局十人全員志岐君が倒した。



「ふう……」


 いつも冷静な志岐君が、今回ばかりは焦ったように額の汗を拭いた。



「お前……」


 剛田監督が鋭い視線で私を見ていた。



 や、やばい!


 これは絶対蹴られる。

 ……というか、いよいよ降板宣言?


 役立たずにも程がある。

 いる意味ゼロだ。


「す、すみません! 次はちゃんとやりますから、もう一度……」


「なるほど、そういうことか」


 しかし、監督はひどく納得したように肯いて、怒鳴ることも降板を言い渡すこともなかった。

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