第80話 仮面ヒーローの稽古⑥

 志岐君は部屋の真ん中に一人立たされ、その回りをマッチョマン十人が取り囲んでいた。


「これは主役クラスにはよくあるシチュエーションだ。まず前二人を倒し、次に後ろ一人、左の一人を倒し、後ろ二人。前三人を倒し、最後の一人で見せ場を作って終了だ」


 無茶だ。


 いくら志岐君の運動神経がいいって言っても、いきなり十人は無理だ。

 絶対嫌がらせだ。

 なんて理不尽な。


「基本は二手防いで一撃で倒す。この繰り返しに決めておこう。ただし最後の一人だけはアドリブOKだ。ほい、お前1人目、2,3,4……」


 監督は十人の順番を決めて立たせた。

 十人目は指導係の一人だ。


「分かりました」

 志岐君は相変わらず落ち着いている。


「ふーん、度胸は大したもんだな」

 監督はにやにやとあごをなぜた。


 私ははらはらと部屋の隅でたたずんでいた。


 出来ることなら加勢しに飛び込んで行きたいところだが、間違いなく足手まといになる。見守ることしか出来なかった。


「よし、はじめ!」


 マッチョマン二人が「やあああ!」と襲いかかる。

 手加減なしだ。


 右手と左手で二人をかわし、二手目も同じようにかわした。

 拳と蹴りで二人に一撃を加える。


 凄い。


 きちんと受けるだけじゃなく、動きの一つ一つが綺麗だ。


 さすが志岐君。


 そのまま流れるように三人目を倒し、左の一人も倒した。

 でもさすがに後ろ二人に同時に攻撃を受けると、徐々に怪しくなってきた。


 続いて三人の攻撃のいくつかを防ぎきれずに体で受けた。

 最後の一人には追い詰められ、思いっきり蹴られて床に転がった。


「全然ダメだな。もう一回最初から」

 転がる志岐君に監督は非情にも告げた。


 これってパワハラじゃないの?

 ひどい!

 いじめじゃないか!


 しかし志岐君は「お願いします」と言ってすぐに立ち上がった。


 何回もやり直した。


 回数を経るごとに巧くなっていったが、最後の一人がどうしても倒せない。

 結局十回以上やり直した。


 そしてついには最後の一人も見事に倒して殺陣たてを完成させた。


 気付くと一時間以上たっていた。

 マッチョ十人ですら息が上がっている。


 それなのに志岐君は、顔だけは平静だった。

 さすがにマウンドで平然と二百球の球を投げ続けていた経験は違う。


「ふーん、まあ、いいだろう」

 初めて一徹いってつ監督から肯定的な言葉を聞いた。


 さ、さすが志岐君。

 尊敬します。



◆        


「それから一徹監督はエスカレートして、志岐君に無茶なアクションばかり要求するんです。ひどいと思いませんか、御子柴さん」


 日中は御子柴さんのマネージャー魔男斗まおと

 夕方からは田中マネに引き継いで、殺陣の稽古通いの毎日だった。


「ああ、気に入られたな、志岐のやつ」

 御子柴さんはおにぎりを頬張りながら思った通りだというような顔をした。


「気に入られた?」


「うん。剛田監督は気に入ったやつを見つけると、どんどん高度なアクションを要求するようになるんだ。逆に気に入らないやつには怒鳴ることも蹴ることもなくなる」


「それ私です」


 あれ以来私がどんな失態をしても、何も言わなくなった。

 ほとんど無視だった。


「まあ、一応女の子だし却って良かったんじゃない?」

「良くありません。このままじゃ降板させられるかもしれません」


「無職になったら俺の専属マネだけやればいいよ。生活には困らないようにするから」


「だ、大丈夫です。明日はポップギャルの仕事も入ってますし頑張ります」


「ああ、ポップギャルね……」


 御子柴さんは何か言いたげな顔をしていたが、そのまま口をつぐんだ。

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