第79話 仮面ヒーローの稽古⑤

「へたくそがああっ! 何年やってんだあっっ!!!」


 剛田監督は長テーブルを蹴っ飛ばしてひっくり返した。


 のっていたみんなの荷物が吹き飛び、フタの空いたペットボトルの水が飛び散る。


 やっぱりほし一徹いってつだった。


 今日は更に高度になって、回し蹴りや連続十手攻めなども組み入れ、マッチョマン達ですら技があやふやになってきた。


 そして一徹監督のちゃぶ台返しとなった。


 私はこういう時はつい真っ先に出張るクセがついていて、そそくさと長テーブルを元の位置に直し、みんなの荷物を戻した。


 志岐君も手伝ってペットボトルを拾い、端にあったモップでこぼれた水を拭き取った。


 私と志岐君のペアは昨日の今日で、意外にうまく出来るようになった。

 ……というか志岐君のフォローが巧い。


「何年もやってるくせにド新人に負けてんじゃねえぞ! 分かってんのか!」

 監督はマッチョマンの一人を蹴飛ばした。


「す、すみません」

 マッチョマンは慣れているのか、監督の蹴りを割れた腹筋で受け止め、一歩だけ下がった。


「監督、次は彼と組んでみたいんですけど」

 マッチョマンの一人が志岐君を指差した。


 ええっ!?


 それは困る。


「いえ、俺はこのペアがいいです」

 志岐君が間髪入れず答えた。


「なんだ。誰とでも組めるようになんなきゃあダメだぞ。そうだな、お前らペアを交換してみろ」


「……」


 志岐君は心配そうに私を見た。


「だ、大丈夫です」


 私は盛大に不安だったが、志岐君に笑ってみせて、自分からマッチョマンに進み出た。


「よし、はじめ!」


 まずは攻撃側。

 回し蹴りから連続十手。


 寸止め出来ずに結構もろに技が入ってしまった。

 しかしマッチョマンはさほどこたえた様子はなく、むしろ私の手の方が痛い。こうやってみると、志岐君の受け身がどれほど巧いのかよく分かる。


「次、受け手交代。はじめ!」


 回し蹴りを避けると、心の準備も出来てないままいきなりマッチョマンのグローブみたいな手が飛んできた。


 ぎゃああああっっ!!!


 思わず逃げた。


 マッチョマンはそれに腹を立てたようで、更に踏み込んで二手、三手、四手。

 私は手で受け止めるのが怖くて逃げ回った。


「こんのおお!」


 マッチョマンは執拗しつように追いかけ五手、六手。

 結局部屋中逃げ回り、追い詰められた十手目を辛うじて両手で受け止めた。


「……ったあああ!」

 私はあまりの痛みにその場にうずくまった。



「きさまあああっ!!!」


 うずくまる私の目に鬼のように怒る一徹監督の顔が映った。


 や、やばい。

 

 蹴られる!


「ひいいい!!」


 私は頭を抱えて壁際にしゃがみこんだ。



 ガッ!!



(あれ?)


 足が飛んで来る風圧を感じたのに、どこにも痛みがない。


 恐る恐る腕の隙間から覗くと、志岐君が監督の足を掴んでいた。


 監督と志岐君が睨み合っている。


「おい、貴様。何のマネだ」

「すみません。つい手が出てしまいました」


 そう言う志岐君の顔が明らかに怒っている。


「貴様、自分の腕に余程自信があるようだな」

「……」


「ふん、いいだろう。お前にだけ特別練習をつけてやろう」


 監督はにやりと一徹の目で微笑んだ。

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