第78話 仮面ヒーローの稽古④

 どんなに痛くてもすべて受け止め、アクションを止めないようにしなければ……。じゃないと志岐君がまた暴力監督に蹴られてしまう。


 私は自分に喝を入れて志岐君に向き合った。


「はじめっっ!」


 志岐君の右手が上段から勢いよく落ちる。

 右腕で受ける。

 すぐに脇から二手目。

 両手で受けて蹴りから飛びのき、蹴り返す。

 三手、四手受けて、腕を掴まれ投げ飛ばされる。


 出来た。


 意外にすんなり出来た。

 凄いな私。

 不思議にどこも痛くない。


 そして気付いた。


 技の速さと動きの大きさですごい打撃を与えているように見せかけて、志岐君は打つ直前で威力のほとんどを寸止めして、力を左右に流している。


 志岐君が凄かったのだと……。


「……」


 一徹いってつ監督は何か言いたそうな顔をしていたが、この人の辞書には褒めるという言葉は載ってないらしかった。


◆            


「大丈夫だった? まねちゃん」

 帰り道、志岐君は心配そうに私に尋ねた。


「大丈夫です。志岐君が上手に力を逃してくれたおかげでどこも痛くないです。それよりも私がちゃんと出来ないせいで志岐君が怒られてごめんなさい」


 珍しく私も少々落ち込んでいた。


「気にしなくていいよ。それよりもあの監督、女の子のまねちゃんにも厳しすぎじゃないかな。いくらまねちゃんが運動神経がいいって言っても腕力が違い過ぎるんだから無茶だよ。まねちゃんが言うの怖かったら俺から監督に言おうか?」


「い、いえ! そんなこと言ったら降板させられるかもしれないし……」


 志岐君と一緒に仕事が出来るなんてこれが最初で最後かもしれないのだ。

 絶対降板したくない。


「私、志岐君に迷惑かけないようにしますから、監督には何も言わないで下さい!」

 私は必死に懇願した。


「迷惑なんて……」

 志岐君は困ったような顔をした。


「とにかく無理だと思ったら言ってよ」


「うん。分かりました」


◆           


「ああ、剛田監督か。あの人は厳しいよ」


 次の日の仕事先で御子柴さんは肯いた。


「俺が去年やった時も最初にすげえしごかれた。でも、おかげでアクションには自信を持てるようになった。大変だけどやって損はないよ」


「そうなんですか……」


 私はアスリート養成ランチを準備しながら剛田監督についての意見を聞いていた。


「でもあの人女の子にそんなきつい稽古させる人だっけかな」

「他の女性には優しいんですか?」


「うーん、優しいというか無視? 女嫌いだっていう噂もある。厳しくても見てくれるだけマシなんじゃない?」


「そ、そういう考え方もあるんですね」

 確かに無視されるよりはいいかも……。


「ところでまねちゃん、ポップギャルの仕事って行ってないの?」


「はい。新人撮影の時から呼ばれてませんが……。あ、でも来週ダイエット体操のページの撮影があるみたいです」


「ふうん、そうか……」


 御子柴さんは何かを納得したような顔で言葉をにごした。


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