第三章 仮面ヒーロー編

第75話 仮面ヒーローの稽古①

 仮面ヒーローは毎年春休みに始まり、翌年二月に終わる。

 子供達の進級に合わせている。


 撮影のクランクインは、まだ二ヶ月先だが、その前に殺陣たてを中心とした稽古があった。若く、殺陣が未経験な俳優ばかりで、この稽古無しにはまともな撮影が出来ないらしい。


 特に悪役の私と志岐君は俳優すら初めてで、その上変身した後も顔が出たままの被り物のため、変身後はスーツアクターにやってもらう主役や、変身後は可憐なお姫様となって身を震わすだけのヒロインより求められるものが多い。


「そのために運動神経のいい彼らを選んだんだ。アクションが出来なければ降板してもらうから、そのつもりでね」


 伝え聞いた中島Pのお言葉だった。


 そういう事か。

 名もない悪役は、ダメなら即交代らしい。



 都内の練習場はうらびれた雑居ビルの一室で、普段は会議室にも使うのか、折り畳みの長テーブルとパイプ椅子が廊下の隅に寄せられていた。


 小西いいかげんマネの案内で部屋に入ると、案の定すでに人が集まっていて、型の練習を始めていた。


 いいかげん時間厳守を覚えろおお!

 毎回遅刻させやがってええ!


 入り口近くには一つだけ長テーブルが広げてあって荷物や飲みかけのペットボトルが置いてあった。


 そして明らかに偉そうな感じの年配の男の人がその横のパイプ椅子に座っていた。見るからに険しい顔の人だ。


 眉間のシワはどこから寄せ集めたのかというほど深く、太く濃い眉は毛虫と間違うほどの存在感で、こんもり盛り上がっている。


ほし一徹いってつ……」


 珍しく志岐君が隣りで呟いた言葉は、まさにまとをえていた。

 

 さすが、志岐君。


 あの野球少年なら一度は必ず読むと言われる伝説のバイブル『巨人の星』。

 その星ファミリーの大黒柱だ。


 明子あきこお姉さんが貧しい中、切り盛りして作った夕ご飯を、ためらいもなくひっくり返す理不尽な親父だ。


 似たような理不尽が滲み出ている。


 入ってきた私達をギロリと睨むと、殺すつもりじゃないかという目で全身を眺め回した。


「じ、じゃあ、僕は案内するだけって言われてるから、帰るね。次から自分で行ってね」

 小西マネはそそくさと出て行った。


 逃げたな!

 小心者しょうしんもの小西め!


「遅れてすみません! ユメミプロのこちらが志岐走一郎と、わたくし神田川真音です!」


 私はマネージャー兼務の覚悟を決めて、頭を下げた。


「遅れてすみません!」

 志岐君も頭を下げた。


「遅れてはないが、ぴったりに来る新人も珍しいな。いい度胸だ」


 度胸なんかじゃありません。

 下っ端マネの迎えが遅いだけです。


「俺はアクション監督の剛田ごうだだ」


 ジャイアンと同じ名前ですね。

 イメージ通りです。


「なんか細っこいのが選ばれたな。お前アクションなんか出来るのか!」


 地声が大きい。

 普通にしゃべってるだけなのに怒られてるみたいだ。


「で、出来ます! 運動は得意です!」

 私はなぜか敬礼して答えた。


「お前は……」

 剛田監督は続いて志岐君を見た。


「ゼグシオ役か。ふーん体は悪くないな。何かスポーツをやってたのか」


「はい。野球を」

 志岐君は相変わらず落ち着いている。


「ピッチャーか!」


 星一徹の目になっている。


 志岐君はあなたの息子じゃありませんよ。

 飛雄馬ひゅうまはもういないのです。

 間違えないで下さい。


「もう練習は始まってる。邪魔だ。廊下で練習着に着替えてこい!」


 それだけ言って一徹監督は立ち上がって、型練習をしている俳優のところに行ってしまった。

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