第74話 展望
「ひどいです、夕日出さん……」
夕日出さんと志岐君の対決から三日が過ぎていた。
「まだ言ってんのかよ。どこがひどいんだよ。普通の女ならメロメロになる甘い言葉だったろうが!」
「食事トレーナーが欲しいなら、そう言って下さいよ。変な言い方するから皆に誤解されたじゃないですか!」
私は夕日出さんの頼みで、朝ご飯だけ夕日出さんに作ることになって、毎朝届けている。夕日出さんの部屋のドア越しに、少しだけ世間話をするのが日課になっていた。
「志岐のヤツがちょっとはビビるかと思ってさ」
「おかげで『志岐の女』から『夕日出さんの女』に格上げされて、
「ははっ。そりゃいい。そうしてみると、あいつらも可愛いもんだろ?」
あの後、みんな甲子園モードになり、伸びていた髪も綺麗に剃り、素直な高校球児に戻っていた。
私のアスリート恐怖症も治った。
「その上、志岐君にはもう必要ないなんて……ショックです」
その通りだけども……。
「志岐はなんか言ってなかったのか?」
「言うわけないですよ」
「そういうとこまだまだダメだな、あいつ」
「そんなことより代金を頂戴します。朝食代五百円です」
夕日出さんは不機嫌そうにため息をついた。
「なんか現金払いってやだな。しかもせこい金額。現金よりも、契約金が入ったらどーんとブランド物の時計でも買ってやるぞ」
私はもっと不機嫌なため息を返した。
「結構です。夕日出さんの朝食の材料費は、わたくし現金の持ち合わせがないので、御子柴さんの仮払いのお金を使ってるんです。そのまま
「あんたホント色気ないよなあ」
夕日出さんはやれやれと五百円玉を私に手渡した。
「なあ、今度下のジムにも来いよ。リベンジだ。今度は簡単に負けねえぞ」
私は夕日出さんの体のラインを見つめた。
「最近は真面目にトレーニングしているみたいですね。体の
「あんたマッサージも巧かったよなあ。なあ、本気で俺の専属トレーナーやらないか?」
「私、高校生ですよ? それに御子柴さんの専属マネですし」
「あー、御子柴か。志岐よりあいつの方が面倒そうだなあ」
「誰が面倒だって?」
後ろから声を掛けられ、私と夕日出さんはドア越しに振り返った。
「御子柴さん……」
「腹減った。いつまで待っても朝食届けに来ないし」
不機嫌な顔で御子柴さんが立っていた。
「すみません。今から行こうと……」
「御子柴ってアスリートでもないんだから、
夕日出さんは二人の時は、お前とかあんたとか呼ぶくせに、他に人がいると何でかいつも
「御子柴さんは、もうすぐサッカー選手のドラマが始まるんです」
「だからって本当のサッカー選手になる訳でもないんだから、菓子パンでも食っとけよ」
「はあ?」
御子柴さんは憮然と問い返す。
夕日出さんにこんな口の利き方を出来るのは御子柴さんぐらいだ。
「あのな、御子柴。俺はこれからプロ野球選手になる大事な時なんだぞ? 食事一つで、今後の選手生命が大きく左右されんだ」
「それがなんだと言うんですか!」
「だから真音は俺に譲れ!」
「はああ?!」
明らかな喧嘩ごしで問いかける。
「あの、だから夕日出さん。紛らわしい言い方をしないで下さい。食事トレーナーは社長がもっと料理の上手な人を探すって言ってくれたじゃないですか。見つかるまでは、こうやって朝食も作ってるわけですから」
「じゃあこうしよう。高校卒業して芸能界で売れてなかったら、俺の専属トレーナーになれ。年棒がっつり稼いで高給を払ってやるから」
「なんか一瞬、走馬灯のように私の未来が見えました」
自分が芸能界で大成するほどの才能があるとも思えない。
だったら、いい就職先かもしれない。
「残念ながらそれは無理です、夕日出さん」
代わりに御子柴さんが答えた。
「なんでだよ」
「まねちゃんは俺の専属マネですから。これからもずっと……」
結局二人とも私が芸能界でやっていけるとは思ってないらしい。
まあ、私もそう思うが……。
才能溢れる人を支えるのは楽しい。
きっと向いている。
でも出来ることなら……。
まったく夢の夢の話だけれど……。
志岐君の専属マネとしてずっとずっと
きっと幸せなのだろうなと思った。
そして、ファンの一人として出過ぎた夢だったと自重するのだった。
あとどれぐらい傍にいられるのか。
とりあえず、明日からいよいよ仮面ヒーローの仕事が始まる。
一緒に仕事が出来ることなんて、これが最初で最後かもしれない。
悔いのない日々を過ごそう。
そこにどんな未来が待っていようとも、私は生涯志岐君のファンなのだから。
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