第19話 結果

「君はさっき私の帽子を奪って、見事に逃げ去った子だね?」


 プロデューサーに問われ、私はうつむいた。


「はい……。先程はすみませんでした」


「泥棒まがいの行為だったね」


「すべて私が勝手にやった事です。志岐君は何も知らなかったんです」


「ふむ」


 プロデューサーは志岐君の五百円ハゲをちらりと見た。

 周囲の人々も気付いてクスクス笑っている。


「それにしても君の殺陣たては凄かったよ。何かスポーツをやってたのかね?」


「はい。野球を……」


「ほう、野球か。君も何かスポーツを?」


 プロデューサーは何故か私にも尋ねた。


「え? はい。陸上を……」


「おお、道理で。素晴らしい逃げ足だった」


「す、すみません」


「まあ、だからと言って犯罪はいけないよ。もう二度とこんな事はしないようにね」


 それだけ言って部屋に戻って行った。


 どうやら泥棒少女に注意するために、オーディションを中断して出てきたらしい。


「ごめんなさい、志岐君」


「え?」


「私が余計な事をしたせいで、かえって心象を悪くしてしまって……」


 泥棒マネージャーの押す俳優なんて誰も合格にしないだろう。



 予想通り、その場で発表になる一次審査で志岐君は落ちてしまった。


◆     


 帰り道、私はすっかり憔悴しょうすいして黙々と歩いていた。


「散々振り回しておいて、私のせいで落ちてしまってごめんなさい」


「別にまねちゃんのせいじゃないよ」


 志岐君は長年の投手生活の経験からか、何があっても人を責めたりしなかった。


「私、明日寮を出て地元に帰るから」


「え? 明日? そんな急に?」


 志岐君はさすがに驚いた声を出した。


「うん。次の大会の結果次第って話だったけど、大会は棄権きけんしたから……」


「棄権て何で? まさか……今日だった?」


 勘のいい志岐君はすぐに気付いたらしい。


「出ても結果が良くないのは分かってたから、いいんです。私が勝手にこうしたかったんです」


 志岐君はしかし深刻に受け止めていた。


「あのさあ、前から聞きたかったんだけど、何で俺の為にそこまでしてくれるの? 俺はまねちゃんに何も返せないよ」


 当然感じる疑問だろう。


 つい最近まで、志岐君は私の名前も知らなかったのだ。


 いや、今もたぶん真根真似子だと思ってる。


「私はずっと、志岐君の美しい仕草を見ているだけで幸せで、それを傍で見られるなら、どんな辛いトレーニングも何の苦もなく出来たんです。私が陸上選手としてやってこれたのも、毎日幸せな気持ちでいられたのもすべて志岐君のお蔭なんです。だからこっちこそ、今まで幸せをくれたお返しなんです。結局何の役にも立たなかったけど……」


 志岐君は心底驚いたような顔をしてから、ポソリと呟いた。


「そんな事ないよ」


「え?」


「俺、最初は嫌々だったけど、御子柴さんと殺陣の練習をしてみて結構楽しかったんだ。投手が出来なくなって、俺はもう二度とあんなワクワクした気分にはなれないだろうと思ってたのに、久しぶりに少しワクワクできた。まねちゃんのお蔭だよ。ありがとう」


「志岐君……」


 その言葉だけで一生生きていける気がする。


 ファンとして出過ぎたマネをしてしまった私を責める事もなく受け止めてくれた。振る舞いの美しさは、きっとこの真っ直ぐで誠実な心があってこそなのだと今なら分かる気がする。


「もうきっと会う事もないと思うけど、志岐君の幸せを祈ってます」


 私の青春を賭けて悔いのない人だった。




 しかし……その翌日、事態は急転した。

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