第18話 オーディション

 志岐君はその日を境に野球をやっていた時と同じぐらい真面目に取り組み、オーディション前日には完璧なヒーローポーズと殺陣たてをマスターしていた。


 髪もなんとかギリギリ五百円ハゲが目立たないぐらいには伸びた。


 服は御子柴さんに、スタイル良く見えるものを借りた。


 (もらったな)


 私は確信していた。


 正直、芸能界のどんな有象無象うぞうむぞうがいたとしても、髪の伸びた志岐君ほどのイケメンなど滅多にいない。


 髪が伸びきれば、御子柴さんまでも凌駕りょうがする美しさだと私は思っている。本人はまったく信じてなかったが……。


 念のため五百円ハゲを隠すツールを百円ショップで探していた私は、志岐君と現地集合にしていた。


「まねちゃん、遅れてごめん」


 笑顔でやってきた志岐君に、私はこれ以上ないほどの絶望的な悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああっっっ! そ、そ、その髪は……」


「ん? 勝負時は坊主にするのが昔からのジンクスなんだよね」


 せっかく伸びた髪がすっかり丸坊主になって、五百円ハゲが存在感をこれでもかと主張していた。


(終わった……)


 百円ショップで買った付け毛を……。

 ハゲにだけ毛があったら逆に怖い。


 今からカツラを……。どこに売ってるんだ。


 社長のカツラを……。つかまるはずがない。


 終わりだ。


 もう終わりだ。


 芸能人にとって髪がどれほど大事なツールか分かってない。


 胸毛やへそ毛と同じぐらいの感覚しかないんだ。


 志岐君の外見に対する無頓着さをもっと注意すべきだった。


(そうだ! 帽子!)


 私達はオーディション会場に入ると、受付で番号札をもらい、誰か帽子を貸してもらえないかと志岐君を置いて建物内を探し回った。


 しかし、こんな時に限って誰も帽子を被っていない。


 ようやく見つけた帽子は、小さなツバのカンカン帽だった。


 往年の大スター、寅さんが被ってたやつだ。


 出来れば野球帽みたいなのが良かったが贅沢ぜいたくは言うまい。


「すいません! その帽子ちょっと貸してもらえませんか?」


 小柄な紳士のようなおじさんは、穏やかな顔で小首を傾げた。


「すいません。時間がありません。お借りします。後で受付に返しておきますので!」


 私は頭を下げて、帽子を引っ掴むと、長距離選手の見事な脚力を見せつけ、残像だけを残して逃げ去った。


「ああっ! 君、ちょっと……」


 遠くで善良なおじさんの呼び止める声が聞こえた。


 ごめんなさい。おじさん。


(ど、泥棒のような真似をしてしまった)


 ぜーはーと息を整え、コソ泥が警察の目をかいくぐるように戻ってくると、すでにオーディションは始まっていた。


「どこ行ってたの? まねちゃん」


「うん。ちょっと帽子を借りてました。これを被ってオーディション受けて下さい、志岐君」


「こんな寅さんみたいな帽子嫌だけど」


「いいから、絶対脱がないで下さい」


「帽子被ったままって失礼じゃないかな?」


 寅さんより失礼より、その五百円ハゲが問題なのだと声を大にして言いたかった。


「後は御子柴さんに教えてもらった通りのヒーローポーズと殺陣を見せれば、台詞が少々下手でも大丈夫です。自信持って志岐君」


「うん。やれるだけの事はやってみるよ」


 自信ありげなポーカーフェイスは、周りにいる者をほっとさせる。

 どんなピンチも緊張も、こうやって一人で背負ってきたんだろう。


 番号を呼ばれ、五百円ハゲを一撫ぜして部屋に入る志岐君を祈るように送り出した。


 しかし、しばらくして出てきた志岐君は、あれほど脱いではダメだと言っていた帽子を被ってはいなかった。


「志岐君! 帽子はどうしたんですか?」


 責めるように叫ぶ私に、志岐君は部屋から出てきた人を視線で合図してみせた。


 そこにはカンカン帽を被った、さっきの小柄な紳士が立っていた。


「このドラマのプロデューサーだって」




 あああ……。


 終わった……。

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