第17話 才能
「あ――。違う、違う。こうだろ?」
御子柴さんの部屋では夜な夜な仮面ヒーローの特訓が行われるようになった。
「やる気あんのか? 志岐」
「す、すいません。なんか恥ずかしくて」
185センチを超える大柄の高校生が変身ポーズをするのは確かに恥ずかしい。
「一年間仮面ヒーローやってた俺をディスってんのか?」
「ち、違います! 御子柴さんがやると不思議にカッコいいんですけど……」
私も思った。
志岐君がやると、こっちまで恥ずかしい気持ちになるが、御子柴さんがやると、本当に正義のヒーローに変身しそうな錯覚に陥る。
なんの違和感も感じないのだ。
「中途半端にやるから恥ずかしいんだ。いま変身しなければここにいる全員が殺されると思ってやれ!」
「無理ですよ……」
「じゃあ変身出来なければ、ホームラン打たれてチームが負けると思ってやれ!」
「そんなこと……」
「同じだろ? マウンドで振りかぶった時、たかがボール投げるのに
「いえ、まさか……」
「俺に言わせれば、大観衆の真ん中でカッコつけてボール投げる方が恥ずかしい」
「カッコつけてるんじゃなくて、振りかぶると威力が出るんですよ」
「ヒーローポーズも威力が出るんだよ」
見事に別世界を生きてきた二人だった。
「師匠、おやつ持って来たで。こっちで関西弁トークしようや」
「もう完璧な関西弁です、柳君。弟子は卒業です、おめでとう。では、わたくし志岐君を見てますので……」
「そんなとこおったら邪魔になるやん。今から
柳君は関西弁の練習と言って毎夜やってくる。
たぶん仲間に入りたいのだ。
私はじっくりゆっくり志岐君を見ていたいのに、いつも邪魔されてしまう。
部屋の隅に無理矢理連れて来られた。
殺陣と言っても、
アスリートの私には充分避けられるのに。
柳君のお邪魔虫め。
「殺陣も突き詰めれば野球と同じだ。腰のバランスが大事だ。最小の動きで防御し、流れるように攻撃に転換する。常に腹の
「こっちは好きかもしれません」
志岐君は攻撃と受け身のパターンをすぐに覚えて、御子柴さんと夢のような立ち回りを見せている。
二人が絡むどの場面も、絵にして飾りたいぐらいに美しい。
スケッチブックを持ってきたら良かった。
「立ち回りが出来るようになったら、今度は視点を意識しろ」
「視点?」
「これは武道ではなく、あくまで演技なんだ。見ている人とカメラの位置を意識する。そこから最も美しく見える方向に技を繰り出す」
「そんな事、今まで考えた事なかったな」
「だろうな。人の目を気にするようなヤツは、大観衆に注目されたマウンドで冷静にボールなんか投げれんだろう」
「俺やっぱり向いてないと思うんですけど」
弱気な志岐君に、御子柴さんは突然足払いをかけ、床に押さえ込んだ。
仰向けの志岐君にほとんど馬乗りになりながら、御子柴さんは狼の目で囁いた。
その言葉のほとんどは、残念ながら私の耳には届かなかった。
…………………………
「なあ、志岐。お前がどんなに才能あるピッチャーだったかなんて知らないけどな。俺もまねちゃんと同じ考えだ」
「同じ……考え……?」
御子柴さんの右腕で首を押さえられたまま、志岐君は
「まねちゃんは言ってた。お前は投手生命と一緒に終わってなんかいない。これはお前の本来の才能を発揮する始まりなんだって」
「本来の才能?」
「投手として培った体力も、折れない心も、ポーカーフェイスも、これからのお前の為に与えられていた課題なんだって」
「これからの……俺?」
驚いたように聞き返す。
「まねちゃんの言葉を聞いた時、俺は正直お前が羨ましかったぞ。千人のファンより、まねちゃんみたいなファンが一人でも欲しいと思った」
「……」
「あの子が一度でもお前に見返りを求めたか? 一度でもお前の未来に自分を入れようとしたか? もう分かってるだろう?」
押さえ込んだ腕に力を込める。
………………………
「御子柴さん! 何やってるんですか」
そんな話をしているなんて気付きもしなかった私は、いつまでも志岐君を押さえ込んでいる御子柴さんを止めに来た。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと熱くなり過ぎた」
御子柴さんは私に笑顔を向けた後、もう一度狼の目で志岐君に釘をさした。
「全力でやれよ。期待を裏切るようなマネをしたらただじゃおかないぞ」
「ちょっと、志岐君を脅さないで下さい御子柴さん! プレッシャーで却って緊張するじゃありませんか!」
「大丈夫だよ、まねちゃん。みんなの絶大な期待を背負ってマウンドで投げてたヤツだよ? こんな脅しぐらいでビビるようなヤワな男じゃないだろ?」
「そうですけど……」
深刻な顔で考え込んでいる志岐君が心配だった。
「それよりまねちゃん、最近日焼けが落ちてちょっと美人になったんじゃない?」
御子柴さんはうまく話題を変えてしまった。
「最近あんまり外で練習してませんから」
……というより、ほとんど練習に行っていない。
「僕も思っててん。師匠は背え高いから案外美脚美人じゃないのん?」
「私も久しぶりに自分の本来の肌色を思い出しました。私の肌はお日さまの吸収が異常にいいらしくて、冬でも色落ちしませんでしたから」
墨で塗ったようなガングロ時代に言われた事のない美人という言葉だけは、まったく耳に届いてなかった。
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