第15話 社長の秘密

 次の日、私は寮のトイレ掃除をしている志岐君を無理矢理引っ張ってジムに連れて行った。


「ちょっ……、まねちゃん、掃除の途中だったんだけど……」


 志岐君は腕まくりをしたジャージ姿だった。

 髪は少し伸びたけど、まだ五百円ハゲは健在だ。


 出来れば少しトイレ掃除の志岐君を見ていたかったが、ぐっと堪えた。


「よお、久しぶり。志岐」


 ジムには御子柴さんが待っていた。


「御子柴さん……」


 志岐君は驚いた顔で私を見た。


「ほんじゃ、行くか。まねちゃん」


 御子柴さんは昨日いろいろ話してから、私を志岐君のストーカー兼マネージャーと認めてくれた。


「え? 行くってどこに?」


 私達は状況を飲み込めない志岐君を引っ張ってエレベーターに乗り込み、御子柴さんが最上階ボタンを押した。


 到着してインターホンのようなボタンを押すと、しばらくして扉が開いた。


 出てすぐのドアがまた自動で開くと、中はホテルのスイートルームのような部屋になっていた。


 広々とした大理石張りの床に全面ガラスの大きな窓。


 いかにも高そうなソファーには、社長がふんぞり返って座っていた。


「お時間取らせてすみません、社長」


 御子柴さんが言うと、社長はチラリと志岐君を見て、不機嫌に顔をぷいと横に向けた。


 つくづく大人気おとなげない。


「何でそんなヤツを連れて来たんだ」


「お願いがありますっ! 志岐君を芸能1組に入れて下さい!」


 私は進み出て、単刀直入たんとうちょくにゅう直訴じきそした。


「はあ?」


 社長ばかりか志岐君まで呆気あっけにとられた。


「ちょっ、まねちゃん。いきなり何言って……」


「何言ってんだね、君は! 野球がダメになったからって芸能人になると言うのか? 芸能界をなめてるのかっ!」


「い、いえ俺は……」


「君は私の夢を粉々に砕いたんだ! あらゆる援助を惜しまず、出来る限りの環境を整えた私の恩をあだで返したんだ!」


「す、すみません」


 志岐君は顔をうつむけ、苦しそうに謝罪した。


「社長は何も見えてませんね!」


 だから続く私の言葉に、もうやめてくれと青ざめた。


 御子柴さんは面白そうに腕を組んで傍観している。


「なんだね、君は? 誰だ?」


「もうすぐ学園を去るスポーツ9組の生徒です。怖いものなんてありません。だからはっきり言わせて頂きます!」


「ちょっと、まねちゃん。やめてくれよ。俺はこんな事頼んでない」


「そうです。志岐君は望んでません。でもいいんですか? 社長?」


「さっきから何を言ってるんだね、君は?」


「社長の目は節穴ふしあななのかと言ってるんです」


「な! 無礼な!」


「芸能事務所の社長をしながら、この志岐君の才能に気付かないのかと聞いているんです!」


「は? 志岐の才能? 彼の才能なら投手を出来なくなって終わったよ」


「か、勝手に終わらすなああっっ! 学校経営に手を出しながら生徒の未来を勝手に終わらせるなあああ!」


「君、口の利き方に気をつけたまえ! 誰に言ってるのか分かってるのか!」


 御子柴さんが隅で笑いをこらえている。


「まねちゃん、もういいって」


 志岐君は困ったように私の腕を引いた。


「彼の、この立ち居振る舞いの美しさが分からないんですか! その辺のアイドルよりずっと美しい彼の才能が分からないんですか!」


「何言ってるんだね。彼は投球フォームこそは美しかったが、がたいのいい筋肉少年じゃないか。芸能人体型ではない」


「今の彼を見て言ってるんですか?」


「今の彼? 前と何も変わらないじゃ……」


 言いかけて社長は、すっかり筋肉が落ちてスリムになった志岐君に気付いたようだ。日々の雑用の上、食事を食べ損なう日も多く、すっかりスリムな体型になっていた。


 しかしすぐに五百円ハゲに目が留まる。


「いや、体型は確かに芸能人体型にはなったが、一番重要なのは顔だろう、君」


 私はにやりと微笑んだ。


「やっぱり何も分かってませんね、社長。みんなみんな、五百円ハゲのトラップにはまってるんじゃありませんか?」


「五百円ハゲのトラップ?」


「証明して見せましょう」


 私はツカツカと社長に近付き、おもむろに社長の頭をガッと掴んだ。


「な! な! なにをするっっ!」


「まねちゃん! 何やってんだよ」


 慌てて止めようとする志岐君も振り払い、私は力づくで社長の髪を引っこ抜いた。

 

 ポチっというスナップが外れる音がして、社長の髪はごっそり私の手の中に抜け落ちた。


「ぎゃあああ! やめろおおお!」


 時すでに遅く、社長のつるハゲの頭頂部は白日はくじつの下に晒されてしまった。


 志岐君は唖然として、御子柴さんは腹を抱えて笑っている。

 彼も社長のカツラに気付いていたらしい。


「社長のお金に糸目をつけず作ったこのカツラは、志岐君の髪質にそっくりなんですよ。この髪が志岐君にあればといつも見ていたから、すぐにカツラだと分かりました」


 私はそのまま志岐君の頭にカツラを被せた。



 あああ。


 まぶっ、眩しいっっ!


 なんという麗しさ!


 もはやこの世のものではあるまい。

 天上から遣わされた神使だ。


 私は直視出来ず、手のひらで目を隠し、指の隙間から天界人てんかいびとを透かし見た。


 今なら死んでもいい。


 この志岐君を見たくて、小三から追い続けていた。


 なんという美しさ。


 こんなイケメン、芸能界にだって滅多にいない。


 社長も驚いたように志岐君を見つめた。


 髪でこうも印象が変わるとは誰も想像出来なかった。


 そう。私と御子柴さん以外は……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る