第14話 始動

 社長というのは簡単に会える人ではなかった。


 ジムにも滅多に現れないらしい。


 寮のエレベーターは地下の駐車場から直結していて、芸能1組と社長は車からフロアまで誰にも会わずに移動出来るらしい。


 地下駐車場と芸能1組のフロアより上階は、暗証番号がなければ扉が開かない。


 学園の芸能校舎も同じ造りになっていた。


 地下の駐車場と芸能1組と学園長室は、暗証番号がなければエレベーターが開かない。道理で御子柴さんもジム以外で見かけた事などなかった。


 ならば社長に会う方法は一つしかない。



「え――っ、プレゼントくれるのん? ありがとうやで。めっちゃ嬉しいやん」


 校門前で耳障りなニセ関西弁が聞こえてきた。


 わらドルのヤンヤンこと、柳ヤマト。


 芸能1組で唯一徒歩登校するヤツ。

 校門前でちやほやされたいのだ。


 上機嫌で芸能校舎に向かう彼に近付き、私はそっと囁いた。


「にせ関西人」


 柳君は途端に蒼白な顔で振り向いた。


「な、な、なんのことやねん?」


「はい。そのアクセントはにつけて下さいね。につける関西人なんていないですよ」


「あ、あんたはガングロスポーツ9組の!」


「それ! にアクセントつけない!」


「え……。それやったらめっちゃ普通やで」


「それもを強調しない」


「で、でも、俺これでも中三の一年間は大阪住んどったんやけど」


 なるほど。一年間血の滲むような努力をしたのは認めよう。しか~し……。


「一年住んだぐらいで、関西弁をマスター出来るなんて思たらあかんよ。真似しようとし過ぎて、大袈裟になってんねん。テレビでしゃべるんやったら、それぐらい強調した方がええかもしれんけど、普段もそんなしゃべり方しとったら、すぐにニセもんやってバレるわ」


「うわっ! むっちゃ自然な関西弁やん」


「私が普段使いの関西弁教えてあげよか?」


「し、師匠っ! お願いしますっっ!」


「ただし柳君に一つお願いがあるんやけど」


 こんな所で、幼少期を過ごしたが最後、生涯根付く関西のこってり濃ゆい血が役に立つとは思わなかった。



◆       



 私はその夜とんでもない場所に正座していた。


「柳ぃ、ふざけんなよ。大事な用があるって、こんな所にファンの子入れたら社長に大目玉食らうぞ。なに考えてんだよ」


 柳君に連れられ行った場所はなんと、寮の御子柴さんの部屋だった。


 いや、会わせてくれとは言ったけど……。


「ごめんやで。御子みこちゃん。この子がどうしても話したい事があるって言うからな。ここが一番安全やろ?」


「安全って、この子が危険人物じゃん」


 御子柴さんは仕事終わりでシャワーを浴びた所らしく、半乾きの髪をかき上げ、狼の目で私を睨み付けた。


「あんた前にジムで会ったストーカーだろ?」


「御子柴さんのストーカーじゃありません」


「じゃあ、誰のストーカーだよ」


 簡易の冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、迷惑そうにフタを開ける。


 部屋は広いワンルームで、オシャレな造りではあるが、家具はベッドぐらいしかなくて、贅沢をしている様子はなかった。


 なんかいい人そうだ。


「お願いしますっ! 力を貸して下さいっ」


 私はフローリングに土下座した。


「なんだよ、一体」


 変な女が来たと、引いてるようだ。


「志岐君を助けたいんです!」


「志岐?」


 御子柴さんは、意外な名前に少し話を聞く気になってくれたようだった。

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