第13話 お願い

 二人が泣き止んで落ち着いた頃合いを見て、おかやんが定食を持ってきてくれた。見た目よりも案外気の利く男だ。


「それで?」


 志岐君は少しさっぱりしたような顔で私に問いかけた。


「え?」


「さっきお願いがあるって言わなかった?」


 覚えてくれてた事に勇気を得て、私は顔を上げた。


「こ、こんな事を言ったら気を悪くするかもしれないけど、私はずっと志岐君が一番才能を発揮出来るのは、野球じゃないと思ってたの」


「え? 野球をやってる俺のファンだったんじゃないの?」


「まねちゃんは、野球をやる前からお前のファンだったんだってさ。むしろ野球を始めたのはショックだったらしいよ」


 おかやんが自分の定食をつつきながら代わりに答えた。


「野球以外の俺の何に?」


 おそらく自分の美しさには鈍感らしい。

 でなければ、五百円ハゲを少しは隠そうとするはずだ。


 私は深呼吸してから、意を決して叫んだ。


「お願いっ! 志岐君! アイドルスターになって下さいっ!」


 突然の私の願いに志岐君はポカンと口を開けたまま、一時停止した。



「は?」



 おそらく考えた事もなかったのだろう。

 なにせ小四からの生粋きっすいの野球少年だ。


「い、いや、無理だよ。簡単なお願いなら聞いてもいいと思ってたけど……」


 誠実な志岐君は自分の為に泣いてくれたファンに、握手やハグぐらいなら答えようと思ってくれたらしい。


 こんな荒唐無稽こうとうむけいなお願いをされるとは思っていなかったようだ。


「無理じゃないです! 志岐君は自分の仕草がどれほど美しいか分かってないんです。そうやって箸を口に持っていく仕草一つでも、無駄を省いた究極の美を描いているのを!」


「き、究極の美? た、確かに俺は子供の頃から、合理的な動きが好きで、常に一番最短で無駄のない動きを追求してはきたけど……」


「それですっ! 無駄がないというのは、究極の美に直結してるんです! 志岐君はその美しさで人を感動させる為に生まれた人なんです!」


「あまり美しいとか言われた事ないけど」


「大丈夫! 髪を伸ばしてその五百円ハゲが見えなくなったら、道行く人が全員振り返るぐらい美しいから! 私が保証しますっ!」

 

「いや、無理だから」


「まねちゃん。この逆風の中でアイドル目指すなんて言ったら、志岐は袋叩きじゃ済まないよ」


 おかやんもさすがに反対した。


「でも、もしアイドルになれば芸能1組として授業料も寮費の心配もなくなります」


「そりゃそうだけど、芸能1組なんて簡単に入れるわけないじゃん。芸能2組も地下アイドル3組も必死で目指してるけど、去年は誰も昇級出来なかったらしいよ。普通科からオーディションで地下アイドル3組に編入した子だって一年間で三人だったらしいし」


 おかやんは妙に詳しかった。


 普通科は二ヶ月に一回、社長主催の学内オーディションがある。


 それに受かれば、授業料免除の地下アイドル3組か芸能2組に入れるシステムだ。


 寮費も免除になろうと思えば、芸能1組に入るしかない。


「大丈夫。志岐君ならすぐに芸能1組になれます!」


 志岐君は五百円ハゲをくるくる撫ぜながら、大きなため息をついた。


 私と話すと、ハゲがどんどん広がっていくようだ。


「俺そういうの興味ないから。それに社長が最終的に決めるんだろ? 無理だよ」


 確かに志岐君の怪我に一番 大人気おとなげなく腹を立ててるのは社長だった。


「じゃあ社長がいいって言ったら、アイドル目指してくれますか?」


「言うわけないと思うけどね」

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