第11話 現実

 久しぶりの新学期は、雨上がりだというのに、各種ファンで溢れ返っていた。


(寄りきり決まった! グッジョブ!)


 いつものように御子柴みこしばファンを止めたツインズ警備員に賞賛を浮かべていると、坊主頭の団体が現れた。


 野球部だ。


「おい、志岐。寮の廊下にこんなゴミが落ちてたぞ。今朝の掃除をさぼっただろう?」


 取り巻きの一人が、明らかに今ノートを破って丸めたゴミを突きつけた。


「気付きませんでした。すいませんっ!」


 志岐君は疑う事もなく頭を下げる。


「罰だ。ここで腹筋千回な」


 坊主頭の先輩はゴミをぽいっと校門前の水溜りに落して示した。


「なっ!」


 学園の生徒もファン達も、陰湿な命令にさすがに唖然と見つめている。


「やらせていただきますっ!」


 しかし志岐君は迷いもなく水溜りに寝そべると、ギプスの片腕を下ろしたまま腹筋を始めた。


 野球部達は、ふんっと一瞥を投げかけて、見世物のように腹筋を続ける志岐君を置いて校門に入って行った。


「ま、待って下さいっ! あんまりじゃないですか!」


 私は我慢出来ず、両手を広げて野球部の前に立ちはだかった。


「あん? なんだお前?」


 坊主頭の大男の軍団に見下ろされると、恐ろしい迫力だ。

 おかやんが、端からハラハラしながら見ている。


「ひどい言いがかりです! そのゴミは今丸めて作ったゴミじゃないですか! 見てましたよ!」


「何だと? このブス! 因縁つける気か」


「因縁つけてるのはそっちじゃないですか!」


「はああ? 女だからってお前みたいなブスに手加減すると思うなよ!」


「ゆ、夕日出さんっっ!」


 私は最後の手段とばかりその名を呼んだ。


 夕日出さんならきっと止めてくれる。

 そう信じていた私はまだまだ甘かった。


 夕日出さんは、名指しされて面倒そうに視線をチラリとこちらに向けた。


「夕日出さん! 止めて下さい!」


 夕日出さんは眉間を寄せてため息をついた。


「あんた誰? 勝手に知り合いみたいに呼ばないでくれる? 俺関係ないし」


 不機嫌そうに言うと、行ってしまった。


「ブスがしゃしゃり出んな!」


 取り巻きも暴言を吐いて行ってしまった。

 おかやんもオロオロとついていく。


 私は仕方なく腹筋を続ける志岐君に駆け寄った。


「し、志岐君っ! こんな事しなくていいわよ」


「まねちゃんだっけ? 頼むから余計な口出ししないでくれ。あんたには関係ない」


 志岐君は言いながら黙々と腹筋を続ける。


「でも……」


「これ以上俺に関わらないでくれる?」


 その言葉にハッと、背筋が凍りついた。


 それはファンを名乗る者が一番言われてはならない言葉。


 目も合わせないように避けられている。


 もうこれ以上近付いてはいけない。


 私はさすがにショックを受け、途方に暮れてその場を離れた。


 しかし教室に着くと、志岐君の机の上には花瓶に入れた花が飾られていて、またしても私は思わずそれを掴んで叫んでいた。


「誰よ! こんな陰湿な事するのは!」


 この間まで志岐、志岐とチヤホヤしていた野球部のクラスメート達がにやにやとわらっている。


「だって死んだんじゃなかったっけ?」

「おいおい、選手生命が死んだだけだろ?」

「ああ、そっか。でも選手生命が死んだ志岐なんて死んだも同然だけどな」


「なっ……。なんてひどい事を……」


 他の生徒も見て見ぬフリだ。


「まねちゃん、もうよしなって」


 おかやんは私の腕を引いて、教室の隅に連れて来た。


「おかやんっ! なんで黙ってるのよっ!」


「みんなの怒りが収まるのを待つしかないよ。これがエースで無くなった現実なんだよ」

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