第7話 夏の硬式野球選手権大会

 夏の高校野球選手権大会。


 七月の頭に始まった大会は、順調に勝ち進み、夏休みに入った所で早くも志岐君の取材申し込みが殺到するようになっていた。


 マスコミ対策に慣れている社長は、甲子園行きが決まるまでは完全シャットアウトにして厳戒態勢で志岐君を守った。


 しかし完封を続ける志岐君の噂は、もはや野球界では有名で、甲子園が決まると同時に解禁される取材の順番を巡って、スポーツ新聞各社が大モメにモメた……

……とは、だいぶ後で聞いた。


 西東京代表の準決勝。


 ベンチに入れなかった野球部員達と夢見学園の生徒は、バックスタンドの一区画を陣取り、揃いのメガホンを持って応援していた。


「ねえ、あのピッチャーやばいらしいよ」

「うん。プロ入り確実だってね」

「五百円ハゲの人でしょ?」


 芸能1組にしか興味のなかった女子達も、ここにきてさすがに話題にするようになった。


「バカね。ハゲだってなんだって、甲子園のエースピッチャーになったら、芸能1組の子達よりもずっと有名人よ」

「売名狙いの芸能2組の子達がもう目を付けてるらしいわよ」

「彼と噂になったら一躍有名人だものね」


 うーん。さすがは夢見学園。

 女子達の狙い所が違う。


「御子柴さんとも夕日出さんとも仲いいんでしょ? だったら私ハゲでもいいわ」


 ハゲハゲ言うなあっっ!


「でもほら、帽子被ってたらハゲは見えないし、なんかカッコ良く見えない?」


「やっぱり? 私も思ってたのよ。遠目のせいかすごいイケメンに見えるのよねえ。気のせいかと思ってたけど」


 気のせいじゃないよ。

 髪を伸ばせばもっと気を失うほどのイケメンだから。


 よほど話に割って入ろうかと思った。


 志岐君のカッコ良さが認知されていくのは、半分嬉しくて半分寂しい。


 もうすぐ志岐君は、私の手の届かない人になる。


 いや、今でも全然届いてないが、甲子園が決まれば、全国区の有名人になる。


 テレビ中継で志岐君の姿が見れるのは嬉しい。


 全部録画して保存版プレミアムDVDにするつもりだ。


 でも、今以上に特別扱いになり、もう今までのように気軽に見られないだろう。


「なんか芸能1組のアイドルの子も最近ファンだって言ってるらしいわよ」

「うそお。そんなの勝ち目ないじゃん」


 きっと可愛い彼女も出来て、謙虚な彼も少しばかり調子に乗るかもしれない。


 満足していた今が、少しずつ変わっていく。


(野球なんかやめちゃえばいいのになあ)


 マウンドで次々三振を取る彼に、そんな事を考えていたのは私ぐらいだろう。


 一瞬でもそう思った自分を生涯後悔する事になるとは、この時思いもしなかった。


 五回に夕日出さんのツーランで二点を先取した夢見学園は、三振を量産する志岐君に、すでに勝利を確信していた。


 迎えた八回裏ツーアウトの志岐君の打席。


 最終回の投球の為に体力温存で三振すればいいのに、律儀な志岐君はバットを振ってピッチャーゴロを放ち、一塁に走った。


 余裕でアウトを取れるはずなのに、相手ピッチャーは何を慌てたのか、至近距離から大暴投し、それが志岐君の左腕に直撃した。


 後にわざとじゃないかと議論されるほどのあまりに不幸な暴投だった。


 志岐君は一塁ベースを踏む事なく腕を抱えて倒れこみ、状態を見た救護員が首を振ると、担架に乗せられ退場していった。


 夢見ベンチは全員が蒼白になって混乱した様子で、最後にあのクールな夕日出さんが、ベンチを蹴飛ばす姿だけを覚えている。




 九回表、ピッチャーは志岐君ではなかった。

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