第8話 再起不能
試合は九回に相手に三点を入れられ、夢見学園は都大会準決勝敗退で終わった。
甲子園大スター誕生の予感に取材を申し込んでいたスポーツ新聞各社は、
夏休みで学校はなかったが、野球部だらけの寮は暗く沈んでみんなトゲトゲしていた。
志岐君狙いだったアイドル達は、別の標的を見つけて存在すらも忘れたようだ。
志岐君は当たり所が余程悪かったらしく、手術のあと固定するため入院している。
志岐君のいない日々は私の心も折った。
彼の雄姿を見ながらのトレーニングを苦だと思った事はなかったが、一人でするトレーニングは、今までよく出来たなと感心するぐらい、過酷で辛かった。
どんどん気持ちが後ろ向きになり、陸上の成績もだだ落ちになった。
放課後は毎日、走って一時間の志岐君の病院まで行って、病室の窓を眺めて帰ってくる。そのランニングだけが前向きな練習だった。
「クラスメートなんだから、見舞いぐらい行ってもいいじゃん」
おかやんはそう言って、時々見舞いに誘ってくれるが、私には行けない理由があった。
「私には見舞いに行く資格なんてない」
「なにさ、資格って? 野球やめてくれって願ったってあれ? 関係ないよ。志岐はそんなの気にするやつじゃないよ」
「志岐君が気にしなくても、私は自分が許せない。ファンのくせに彼の不幸を願ってしまうなんて……」
「不幸を願った訳じゃないじゃん」
「そんな事より志岐君は元気だった?」
あっけない夢の幕切れをどれほど嘆いているだろうか?
それが心配だった。
「あいつってさあ、投げる球が凄いのは確かだけどさあ、何が凄いってメンタルなんだよね。どんなピンチでも、周りに野次られてもまったくブレない精神力が一番凄かったって今ならよく分かるよ」
「何よ、急に」
「ポーカーフェイスなんだよ。見舞いに行ったヤツ誰に聞いても、いつもと変わらない表情で、まるで何もなかったみたいに……」
「そんな訳ないじゃない。だって……」
「うん。投手としての選手生命は終わったって本人に聞いた」
志岐君の腕は日常生活には支障はないが、剛速球を投げるレベルには戻らないらしい。
「それを話す時もまるで他人事でさ。聞いてるこっちがどういう顔していいか分かんなかったよ」
「こ、これからどうするつもりなの?」
スポーツ9組の特待生は、選手生命が終わったら、普通科落ちか退学しかない。
「あいつん家、父子家庭らしいんだけどさ。この学園の授業料や寮費なんて払う余裕ないって言ってたな。かと言って自宅から通える距離でもないし」
それは私も同じだった。
同郷の実家は毎日通うには遠い。
「寮の清掃でもして置いてもらうか、野球部のトレーナーとして手伝えたらとか言ってたけど、社長の様子からして厳しいよな」
社長は期待が大きかっただけに、志岐君の再起不能に誰より怒り失望したと聞いている。
夕日出さんも夏で引退だし、いっそスポーツ9組を解散するとまで言っているらしい。
志岐君は何も悪くないのに……。
金持ちの道楽社長め!
「そういえば、まねちゃんもやばいらしいって聞いたけど、大丈夫?」
おかやんに言われ、ため息をついた。
「志岐君が退学するなら、私もここにいる意味ないのかも」
そもそも長距離が好きだった訳じゃない。
唯一、志岐君の側にいられる競技だっただけなのだ。
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