第5話 カリスマアイドル 御子柴 岳人

 ここはスポーツ9組と、芸能1組が住む学園から歩いて十分の特別寮だ。


 最上階は社長の別宅で、その下の2フロアは芸能1組の売れっ子達が住んでいる。


 更にその下には社長と事務所の売れっ子達も使うトレーニングジムがある。


 その下階がスポーツ9組の寮の部屋になっているため、夕食後のトレーニングに毎晩来る者も多い。


 一年生はたいがい二階の風呂トイレ無しワンルームだ。トイレは各階、風呂と食堂は一階にある。


 三学年合わせても六人しかいないスポーツ9組の女子に対する配慮はない。


 どうやら芸能クラスの美少女アイドルを女と想定するなら、スポーツ9組の女子は女の部類に入らないらしい。


 すぐ隣りがむさ苦しい男子部屋だ。


 まあ、色気の無いガングロアスリートばかりで、心配するような甘い出来事などあるはずもない。


 一人をのぞいては……。


 そう。


 入寮した当初、私は志岐君の部屋はどこかと色めきたった。


 ここなら朝の気だるい志岐君も、風呂上りの色っぽい志岐君も見放題だと思ったからだ。


 しかし、残念な事に彼は特別扱いだった。


 野球部で夕日出さんと志岐君だけは、芸能階の風呂トイレ完備の売れっ子フロアで、食事も食事トレーナーのルームサービスらしい。


 唯一会えるのが、トレーニングジムのため、私は毎晩行く事にしている。


 真面目な彼は完璧にメニューをこなす。


 彼がサイクリングマシーンの時は、彼がよく見えるランニングマシーンに。


 彼がバーベルを上げる時は、よく見える腹筋マシーンに。


 プールで泳げば、もちろんプールに。


 そうしてハードなトレーニングに付き従っていたおかげで私の長距離の成績も伸びた。


 見飽きる事がなかった。


 無駄をとことん排除した彼の動きは、効率良く最良の成果を残し、何より完璧に美しい。


 動くたび前後する肩甲骨と鎖骨の優雅な躍動。


 少し前傾する頚椎の脱力した色気。


 すべてが計算し尽くした調和で成り立っている。


 今度はホットヨガルームに移動したため、慌ててついて行く。


 最近取り入れたこれがきつい。


 むっとした熱気の中で、投球フォームの確認をするのが最終メニューだ。


 真夏の甲子園をイメージしているのだろう。


 私は隅の方で前屈運動をするのが精一杯だ。


 いつもは何人か人がいるが、今日は二人だ。


 存分に見つめられる幸福に浸っていると、重いドアを開けて、誰か入ってきた。


(ああ、狼さんか……)


 時々見かける黒髪を後ろで束ねたアスリートだ。


 髪を伸ばしている所から、野球部三年か、陸上選手だろう。


 でも、この間の練習試合には出てなかったから、髪の長さからいっても陸上の方だろう。


 野球部なら、この人が補欠の訳がない。


 たまに来る時は、志岐君顔負けのきついメニューをやっているし、何より均整のとれた筋肉がただ者ではないと言っている。


 そして獲物を見るような鋭い視線。


 私は第一印象のままに狼さんと呼んでいる。


「志岐、ちょっとこの動きやってみて」


 彼は時々志岐君に変な注文をする。


「こうですか?」


 志岐君は言われたままにガッツポーズをした。


 ただのガッツポーズも上腕二頭筋の曲線が尋常ではない。奇跡のように美しかった。


「もっと上からこう……」


 狼さんに感謝だ。


 どこの誰かは知りませんが、普段見れない志岐君を見せてくれる。


 でも出来ればホットヨガルーム以外でやって欲しかった。


 いつもより時間超過の上に、刺激の強い美しさにのぼせ……。


(ダメだ。部屋から出ないと……)


 意識が遠のく。


 私は立ち上がりかけたまま、その場にどうと倒れてしまった。


 薄れかける意識の中で二人の会話が聞こえてきた。


「なんか倒れてる子がいるぞ。誰だ?」


御子柴みこしばさんは知らないんですか?」


(え? 御子柴? じゃあまさかこの人がスーパーアイドルの御子柴さんだったの?)


 豆柴どころか狼だったんだ……。


 テレビも見ず、志岐君以外に興味のなかった私が知った驚愕の事実。


「いっつもお前の側にいるだろ? 知り合いじゃなかったのか、志岐?」


「え? そうでしたっけ?」


(志岐くん……。やっぱり私の事なんて目の端にも見えてなかったんだ……)


 分かってはいても、少し哀しい。


「なんか見た事あるから同じクラスかもしれません」


 彼の人生に入り込むつもりはないけど、同じクラスぐらいは知ってて欲しかった……。


「同じクラスなのに名前も知らないのか?」


「はあ……。まだ入学して三ヶ月ですから」


(小三から同じ学校だよ、志岐君……)


 薄れいく心の中で、私は一人さみしく呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る